一話 文化祭前夜の窃盗事件 9

「鍵が閉まってるから、中にいるのは確実なんだけど。いくら呼んでも出てこないんだ」

 ミッチーはドンドンとドアを叩く。名前を呼んでも返事はなかった。一応俺も遥ちゃんの部屋のドアを回してみたけど、鍵がかかっていて開かない。

 こんなに騒がれていて起きないのだとしたら、さすがにおかしい気がする。

「オレ、ドア蹴破るわ。ちょっと下がって」

 そう言ったミッチーは、俺たちを少し遠ざけた。

「ま、待って。先生、呼ぼうよ」

 幸子ちゃんがミッチーを止めた。蒼治郎もうなずく。

「そうだな。警備員でもいい。ドアを開ける方法くらい知ってるだろう」

 この合宿所のドアは内側からのみロックができる。トイレのドアと同じだ。持ち運ぶ鍵が存在しないので、外側からは開けられない。

「警備員室まで遠いだろ。遥になにかあったらどうすんだよ」

 ミッチーは遥ちゃんが心配なようだ。もちろん俺だって早く部屋に入って、遥ちゃんの無事を確認したいけれど。

「工具があれば、僕でもドアを開けられる」

「さすが蒼治郎。文化祭の準備をしてたくらいだから、下の誰かしら持ってるだろ。行ってくる」

「待ってミッチー、窓が開いてるかも!」

 食堂に戻ろうとするミッチーを、俺は止めた。そして自分の部屋に飛び込む。

 冷房が使えない部屋だ。遥ちゃんも俺と同じように、窓を開けていたかもしれない。

 自分の部屋からベランダに出ると、隣にある遥ちゃんの部屋の前に立った。

「よし」

 読みどおり、遥ちゃんの部屋は大胆に窓が半分開いていて、カーテンがベランダまで飛び出していた。俺は窓とカーテンを更に開けて部屋に入る。

 遥ちゃんはベッドに仰向けで寝ていて、お腹のあたりまで布団をかけていた。赤いチェックの寝間着を着ていて、ゆっくりと胸が上下している。表情も穏やかだ。

 ただ眠っているだけのようだ。

「よかった」

 俺は胸をなでおろす。

 まさか、死んでしまっているとまでは思わなかったけど。異常事態かと思った。

 俺は内側からドアを開けて、ミッチーたちを招き入れた。

「遥、大丈夫か」

「寝てるだけみたいだよ」

 ミッチーはまだ硬い表情を崩さずに、遥ちゃんの顔を覗き込んだ。

「遥、おい、起きろ」

 ミッチーがゆさゆさと遥ちゃんを揺らした。反応が鈍い。根気よく続けているうちに、「うーん」と、遥ちゃんが小さく声を漏らした。瞼が痙攣している。それでも、まだ目を開けない。

 ただ寝起きが悪い、というには、どこか違和感があった。。

「ミッチー、交代しよう」

 ベッドの脇にかがんだ蒼治郎は、遥ちゃんの首筋を触って脈を取り、瞼を開いて目の中を覗き込んでいる。それから遥ちゃんの口元に鼻を近づけた。

「薬剤の匂いがするな」

 薬剤って、薬?

 蒼治郎は携帯のライトを遥ちゃんの眼球に当てた。

「ん、眩しい。……っつ、頭が痛い……」

 遥香ちゃんはライトを避けるように、眉間にしわを寄せて枕に顔をこすりつけた。

「大丈夫か、遥」

 蒼治郎が呼びかけると、遥ちゃんがビクッとしてから固まる。それから視線だけこちらに向けた後、目を見開いた。

「蒼治郎くん? え、あれ、みんなっ」

 やっと遥ちゃんは目を覚ました。

「なにこれ、やだ、なんで?」

 慌てたように上半身を起こした遥ちゃんは、布団を首まで引き上げて顔を赤らめた。

「なかなか起きないから、心配して来たんだよ」

「起きないって……今何時? 七時半? うそ、寝坊なんて一度もしたことがないのに。迷惑をかけてごめんなさい」

 遥ちゃんは謝った。

「遥、睡眠薬をのんで寝たのか?」

 蒼治郎に聞かれて、遥ちゃんは戸惑うように何度かまばたきをした。

「なんで? 睡眠薬なんてのんだことないよ。寝つきも悪くないから」

「そうか」

 蒼治郎は息をはいて、振り向いた。俺たちをゆっくりと見回す。

「遥は、誰かに睡眠薬をのまされたんだろう。だから目覚めなかったんだ」

「……え?」

 俺たちは動揺して、お互いの顔を見合わせた。

 みんなの頭の中には同じ疑問が浮かんでいるだろう。

 誰が、どうして、そんなことを?

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