一話 文化祭前夜の窃盗事件 7
「みんな、お疲れ様!」
時間は夜十一時。合宿所の食堂に移動した俺たち五人は、お菓子を並べたテーブルに向かい合っていた。打ち上げでもあり、決起会でもある。俺たちと同じようなことをしているグループが他にもいくつかあった。
準備が終わってから、それぞれ一時間ほどの自由時間があり、その間に風呂は済ませている。
おかげで、ミッチーの印象が違った。普段はウルフカットの髪を遊ばせるようにスタイリングしているのに、今はストレートだ。いつも光っているピアスも、髪に隠れて見えない。顔の造形がそもそも派手だけど、チャラ男度が若干下がっていた。
「飲み物は待ってな。疲れがとれるスペシャルカクテルを作るから」
そう言ったミッチーは立ち上がり、食堂の冷蔵庫を開けた。今日だけ特別に、冷蔵庫の一部のスペースを生徒に提供してくれている。ミッチーはカクテルの材料を、事前に用意していたのだろう。
「俺たち、未成年だよ」
そう言うと、正面に座っていた遥ちゃんがクスリと笑った。
「カクテルって、混ざり合うって意味よ。ノンアルコールでもカクテルって言うわ」
しまった、単語の意味は知ってたけど、お酒が入っているイメージで口走ってしまった。遥ちゃんに笑われるなんて。
ショックを受けている俺をよそに、ミッチーは食堂のシンクに入って準備をしている。
「誰か、コップを持って来て」
「あ、あたしが」
幸子ちゃんは立ち上がって、テーブルのプラスティックのコップを回収した。二リットルのペットボトルを買って、教室で作業しながら飲んでいた時のコップを、食堂まで運んでいた。コップには誰のものかわかるように、マジックで名前が書いてある。
「新しいコップってないの?」
「――」
ミッチーの大きな声は聞こえたが、幸子ちゃんの声は聞こえない。多分、ないと答えたんじゃないだろうか。実際に、予備はないから。
「じゃあ、いいや。幸子、洗って」
そう言ったミッチーは、シェイカーを振り始めた。氷がシェイカーにぶつかる、小気味のいいリズミカルな音が響いた。他のグループも、何だろうとミッチーを見ている。
中身をコップに注ぎ、再びシェイカーを振るミッチーは手慣れていた。テレビで見るようなバーテンダーのようで、様になっている。
「私、テーブルまで運ぶよ。幸子ちゃん、コップをカウンターに置いて」
遥ちゃんも立ちあがって、ミッチーの隣にいる幸子ちゃんに声をかけた。
ミッチーがカクテルを作り、注いだコップを幸子ちゃんがカウンターに置いて、置かれたコップを遥ちゃんが俺たちのいるテーブルまで運んでくれた。
俺もなにかしようと思ったけど、これ以上作業を分担できそうもない。
手持無沙汰になった俺は、隣に座っている蒼治郎に、スマホのストラップを見せた。
「蒼治郎、このマスコットに見覚えない? 会いたい人の手がかりなんだ」
「ああ、聞こえていた」
そういえば遥ちゃんに説明した時、前の席に蒼治郎が座っていたんだった。
蒼治郎は、じっとクジラのストラップを見ている。
「なにかわかった?」
「頭部が四角い」
「うん」
「マッコウクジラだろう」
そんなことはどうでもいいよ!
「ありがとう。何か気づいたことがあったら教えてね」
俺は早々に蒼治郎からスマホを取り上げた。
「よし、全員分カクテルが届いたな。今日はお疲れさま。明日の本番も頑張ろう!」
乾杯をしてカクテルをひと口飲むと、初めて飲む食感と味がした。とろりとまろやかな口当たりで、甘味と酸味があって、喉越し爽やかだ。カクテルを改めて見ると、オレンジがかったクリーム色で、表面は泡立っている。
「ミッチーくん、すごく美味しいよ」
「卵黄と、オレンジと、レモンと、グレナデン・シロップと……」
感嘆の声をあげたのが遥ちゃん、テイスティングをするソムリエのようにカクテルを飲んで、材料を挙げていったのが蒼治郎だ。
「蒼治郎、当ててくるねえ。あと何種類か混ぜてるよ。プッシーフットっていうカクテルを、オレ流にアレンジしてみました」
目の高さでVサインを作るミッチー。みんなパチパチと拍手を送った。
楽しく談笑して一時間弱。遥ちゃんが「眠い」と言うのをきっかけに、俺たちは深夜十二時を前に解散した。遥ちゃんすっごい船漕いでたもんな。
合宿所の部屋はシングルの個室だった。六畳ほどのスペースに、ベッドとデスクが置いてあるだけのシンプルな部屋だけど、個室ってだけで贅沢だろう。ベッドメイキングもしっかりしてある。
唯一残念なのが、合宿所の冷房使用期間が、八月までと決まっていることだった。節電対策だから仕方がないけど、九月なんて夏の延長で、まだまだ暑い。
俺は窓を少し開けて網戸にした。そして、一瞬悩んだのだけど、出入り口のドアに靴を噛ませて隙間を開けた。風が通り抜けた方が涼しいからだ。
この学校はセキュリティーが厳しくて、部外者が学校に侵入するのは難しい。となると、学校内にいるのはお坊ちゃんお嬢ちゃんばかりだ。防犯なんて気にしなくていいだろう。
俺は通過する風を心地よく感じながら、ベッドに横になった。
疲れからか、考え事をする間もなく眠りに落ちた。
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