一話 文化祭前夜の窃盗事件 6
「あたし、リボン買ってくるね」
幸子ちゃんは買い出しに行った。
教室に残った蒼治郎と遥ちゃんと俺、そして夕方まで手伝うというクラスメイト三人の計六人で、教室に飾るための“ペーパーポンポン”と“ハニカムボール”を作ることになった。
ペーパーポンポンとは、薄いフラワーペーパーを八枚ほど重ねて蛇腹折りにし、中央をホッチキスや輪ゴムで止めて、一枚一枚広げると花のようになる。学校の催し物でよく見かける、あれだ。
ハニカムボールのほうは、もう少し手がかかる。半円形に切った薄紙を五十枚ほど重ねて糊付していくのだが、糊を線状に三本ほど塗ることと、塗る位置を交互に変えることがポイントだ。最後は吊り上げるために、端に針で糸を通し、側面を糊付してそっと開いたら、蜂の巣のような円形の飾りが出来上がる。
こういうものを作ると、性格が表れる気がする。俺はどうも細かい作業が苦手で、シンメトリーにならなかったり、薄紙を破いてしまったりした。
「蒼治郎くん、上手ね。しかも早い」
遥ちゃんが感嘆した。
そうなのだ。さっきから黙々と手を動かしている蒼治郎は、同じ材料、同じ工程で作っているにも関わらず、「美しい作品」に仕上がっていた。決して俺の作ったものの隣に飾ってはいけない。
「ところでさ、薄井幸子の親の会社、五月に倒産しただろ」
クラスメイトが話題を振ってきた。
「衣料品をメインで扱う通信販売大手、だったのにな。資金繰りが行き詰まった上、メインバンクからの支援打ち切りで終了だったな」
「そうなの? 幸子ちゃん、大丈夫かな」
俺は心配して眉を顰めた。
「駄目だろ。授業料も滞納してるって話だぜ」
「じゃあ、学校辞めるしかねえじゃん。文化祭準備の衣装担当になったのも、最後の思い出作りなのかもな。あいつが積極的にイベントに参加するなんて、おかしいと思ったんだ」
「声小さくて何言ってるのかわからねえし、暗いし……」
あれ、なんか、陰口みたいになってきた。
止めた方がいいのかと迷っていると、「それぐらいにしておけ」と、落ち着いた低い声が遮った。蒼治郎だった。
「口より、手を動かしてくれ」
底冷えするような蒼治郎の声が、教室の空気を重した。
言っていることは正論で、決してきつい言い方ではないのだけど、胸にズシリとくる。俺がもっと早く発言して、軽くいなしておくべきだったか。
その時、ガラガラと大きな音を立てて、教室のドアが開いた。
「おいっす! 頑張ってる? 差し入れを持ってきたぜ。コンビニスイーツだけど、結構侮れないよ」
ミッチーがやってきた。「やるなミッチー」「腹減ってたんだよ」と言いながら、クラスメイトたちはミッチーの持ってきたビニール袋に群がった。一気に雰囲気が明るくなる。
「ミッチー、グッジョブだな」
ほっとして呟くと、「ミッチーくん、人望あるんだよ。本人に言うと調子に乗るから、内緒ね」と遥ちゃんが冗談めいて、俺の耳元で囁いた。俺はうなずいて返す。
初めは面倒なクラス委員の役目を、みんながミッチーに押しつけたのかと思っていた。だけど付き合ってみると、ミッチーは気が利くし、面倒見もいいし、クラスのムードメーカーのような存在だとわかった。選ばれるべくして選ばれたのだ。
「お、やっぱり蒼治郎のは出来が違うな。さすが未来のスーパー外科医! 手先が器用だね」
ミッチーは蒼治郎が作ったハニカムボールを手にして感心している。
「外科医?」
俺が聞き返すと、ミッチーは「そう」と口角を上げる。
「蒼治郎の親は医療施設をいくつも運営していて、家族親戚みんな医療従事者っていう、医療界のサラブレッドだから」
へえ。じゃあ蒼治郎は、『白い巨塔』みたいな世界の住人になるんだな。
そう思って視線を向けると、蒼治郎は相変わらず無表情のまま口を開く。
「親が医師なんて、この学校にいくらでもいる。遥だってそうだ」
「うちなんて、町の小さなクリニックだよ。兄が二人いて、一人は継ぐ気満々だから、私は医者になるかも決めてないし」
遥ちゃんは顔の前で、パタパタと手を振った。はい可愛い。
この学校は進学校であり、そしていわゆる“お坊ちゃん、お嬢ちゃん校”でもあった。つまり生徒は、裕福な家系が多いのだ。
「ほら、あと昴と蒼治郎だぞ、どっちにする?」
買ってきた本人は真っ先に好きなケーキを抜き出していたようだ。袋を覗くと、ザッハトルテとチーズケーキが残っていた。甘いものが苦手な俺は、奇跡的に残っていたチーズケーキを取りたい気持ちを、グッと抑えた。
「蒼治郎、どっちがいい?」
「どちらでも」
どうみてもスイーツなんて食べなそうな顔をしているのに、俺に気を使っているのだろうか。
「実は俺、甘いものが苦手なんだ」
「そうか」
正直に俺が言うと、蒼治郎はザッハトルテを取った。
いい奴だ!
ファーストインプレッションは最悪だった蒼治郎だが、この三日一緒に過ごして、いいところがたくさん見えてきた。確かに口数は少ないし、コミュニケーション力は高くないけど、真面目で実直だった。たとえば、さっき幸子ちゃんの陰口を止めたように。
俺たちはしばらく休憩した後、再び作業に戻った。
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