一話 文化祭前夜の窃盗事件 5【事件編 合宿スタート】
それから二日目の放課後。文化祭準備の最終日だった。
ミッチーの言うとおり、俺はかなりクラスに溶け込めていた。しかもミッチーは、クラスメイトに俺を名前で呼ぶようにさせてしまった。なぜかミッチーは、お互い名前で呼ばせることに拘る奴だった。理由を聞くと「その方が、距離感が近くて楽しいじゃん」とのこと。陽キャめ。
別にクラス全員と距離を縮めたいとは思わないけど、おかげで中町さんのことを、「遥ちゃん」と呼べるようになったのは収穫だった。
「昴くん、お泊り道具、忘れずに持ってきた?」
「うん、ばっちり」
最後の授業が終わってから、遥ちゃんに声をかけられた。俺はいつもより膨れた鞄をポンと叩く。
今日はなんと、学校の敷地内にある合宿所で、文化祭準備の有志五人が宿泊することになっていた。
五人というのは各部門の代表者である、ミッチー、遥ちゃん、蒼治郎、幸子ちゃん、そして俺だ。
文化祭準備が終わらないクラスや部活は、文化祭準備の最終日に限り、申請をすれば特別に五人まで宿泊できる制度が、この学校にはあった。
因みに一年B組は、泊まるほど進行は遅れていなかった。完璧とはいかなくても、妥協すれば、今すぐに終了にしたって構わないだろう。ところがミッチーが、勝手に申請を出していたのだ。俺たちは事後承諾だった。
「文化祭の日をみんなで迎えられるなんて、楽しいじゃん!」
というのが、お祭り男の主張だった。
「あの、遥チャン」
うっかりすると聞き逃しそうな、蚊の鳴くような声が遥ちゃんを呼んだ。
「なに、幸子ちゃん」
遥ちゃんは、ぐっと幸子ちゃんに顔を近づけた。それくらいしないと、幸子ちゃんの声ははっきりと聞き取れない。
「もう服は出来てるけど、まだ時間があるようだから、メイド服の袖に、リボンをつけていい? 千円くらい、かかっちゃう、けど」
幸子ちゃんは舌っ足らずな独特の口調で言った。
模擬喫茶では、男子はバトラー、女子はメイドの服を着る。衣装はかなり本格的な仕上がりだった。売り物だと言われても疑わないレベルだ。接客や呼び込み担当の数人分とはいえ、大変だったんじゃないだろうか。幸子ちゃんが型紙から作ったそうだから、恐れ入る。
よくある文化祭のノリで、俺にメイド服を着せようという案が(主にミッチーから)持ち上がったが、衣装が間に合わないということで却下になった。間に合うとしても断固拒否したけれど。
「うん、大丈夫だよ。もっと可愛くなりそうだね、ありがとう。みんな工夫してくれたおかげで、五万円くらい予算残ってるんだ。料理の材料を明日購入するけど、そんなにかからないし。お客さんがたくさん来たら、かなり黒字になるかもしれないよ。幸子ちゃん、千円でいい?」
幸子ちゃんは小さく頷いた。
遥ちゃんはYシャツの内側から、首から下げた巾着を取り出した。お金だけじゃなく、領収書なんかも一緒に入っているから、少し厚みがある。
相変わらず凄いところから取り出すな、と思いながら見ていると、遥ちゃんと目が合った。遥ちゃんはちょっと赤くなる。
「みんなから預かった大事なお金だから、なくさないようにしなくちゃね」
変わったところに保管している自覚はあるようだった。
「あたし、リボン買ってくるね」
幸子ちゃんは買い出しに行った。
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