一話 文化祭前夜の窃盗事件 4
始業式の今日は午前授業で、四限で終わりだった。俺が帰宅準備をしていると、「昴!」と大きな声で名前を呼ばれた。できれば無視したい声だった。
「なに? 有馬くん」
俺は茶髪を笑顔で迎えた。度重なる転校で、いつでも自然な笑みを浮かべられる特技を習得していた。
「そんな他人行儀な。ミッチーでいいよ、みんなそう呼んでるし。ミッチーだよ、ミッチー。“くん”とかもいらねえから」
これは言わないと永久に絡まれるパターンだ。
「そうするよ、ミッチー。ところで、俺に用でもあるの?」
ミッチーはニッと笑うと、なれなれしく俺の肩に手を置いた。
「文化祭の準備、手伝わない?」
桜星高等学校の文化祭『桜高祭』は、九月第一週の土・日曜に開催される。開催まで、あと三日しかなかった。
「クラスの出し物は模擬店だ。準備は有志なんだよね、部活で出し物をする奴もいるしさ。だから強制じゃねえけど、共同作業をすると仲が深まるから。編入したばっかのお前には丁度いいかと思って」
正直、面倒かなと思ったけど、ミッチーの言うことは一理あった。
「いいわね、それ」
隣の席で聞いていた中町さんが、パチンと手を打った。
「うちのクラスは、クラス委員が文化祭実行委員を兼ねるの。だから、私とミッチーくんが実行委員なんだ。鈴木くんが手伝ってくれたら、私も一緒にできて嬉しいよ」
「うん、やる」
中町さんの言葉に、俺は脊髄反射でうなずいていた。
「おっしゃ、決まりだな。チームリーダーを紹介するよ。道具類とか設備を担当している、新開蒼治郎」
ミッチーは俺の前に座る白壁の肩を叩いた。
うわっ、さっきの怖いヤツじゃん。こいつも一緒か。
そんなことを思っていた俺は、振り向いた白壁の顔を見て、つい見とれてしまった。
さっきは睨まれた恐怖で顔の造形まで見る余裕がなかったけど、作り物めいた端正な顔をしていた。
切れ長の目は涼やかで、通った高い鼻梁に、厚くも薄くもない、ほどよくふっくらとした唇。
座っているからはっきりとわからないけど、身長は百八十センチ以上ありそうなのに、その割に顔が小さかった。黒い長めの前髪を軽くサイドに流している。
――正直に言おう。俺の欲しかった容姿の、理想に近かった。
ぐぬぬ、羨ましい。
「聞こえてたろ。蒼治郎、あいさつ」
「……よろしく」
ミッチーに促されて一言言うと、冷めた表情の新開はぬっと立ち上がって、教室を出て行った。
なんか、感じが悪いヤツだな。
「あいつは無口だから気にすんなよ。あとは、衣装担当の薄井幸子。幸子、こいよ!」
ミッチーが教卓の前に声をかけると、小さな肩を震わせて、女生徒が慌てて立ちあがった。俯いて背中を丸め、どこか怯えた足取りでこちらにやってくる。
「昴が文化祭準備を手伝ってくれることになったから」
「は、はい。ありがとうございます。あたし、うすいさち……」
ものすごく小さな声だった。途中から何を言っているのか、聞き取れなくなった。
「聞こえねえよ。腹から声出せって、いつも言ってるだろっ」
薄井さんはビクリとして、小さな身体をより小さく縮めた。
そう言うミッチーの声は必要以上に大きいよ、と思ったけど、角が立つので言わなかった。
薄井さんは黒髪をおさげにしていて、黒縁眼鏡と長い前髪で、目が半分くらい隠れている。頬はそばかすが目立つけど、ふっくらとして柔らかそうだ。
下手をすると小学生に見間違われそうなほど童顔だけれど、胸は多分、Fカップくらいある。Yシャツのその部分だけ窮屈そうで、ボタンの間に隙間が開いてしまっている。本人も自覚しているのか、中には青いキャミソールを着ているようだ。
なんて、いかんいかん、どこを見ているんだ俺は。でも、小さい身体だからこそ、そこのふくらみは目立っていた。
そう、彼女は小さい。百四十八センチだろう。
高校一年女子の平均身長は、約百五十七センチのはずだ。つまり、同じ歳の女子の半分近くは、俺より背が高いのだ。その中で、薄井さんは俺より十センチ以上身長が低い。それだけで、可愛さ三割アップだ!
俺の好き嫌いは単純明快だった。俺より身長の低い女子が好きで、身長の高い男子が嫌い。俺の背が伸びるまでは、それは変わらないだろう。
俺は身長に拘りすぎて、立っている人なら見るだけで身長を当てられるようになってしまった。まったく役に立たない特技だ。
「だからおまえは、幸が薄い薄井幸子って言われるんだぞ。眼鏡外せって言ってるのに聞かねえし、前髪だって……」
「まあまあ」
俺は矢継ぎ早に畳みかけているミッチーを止めた。いじめのようで見ていられない。
確かに、派手なミッチーと大人しめの薄井さんでは、相性が悪そうだ。薄井さんは下を向いてしまっている。
「こいつ、何度言っても直さないから、イライラすんだよな」
ミッチーはチッと舌打ちすると、気を取り直したように俺に向き直った。
「あと、料理兼会計担当が遥で、総監督がオレね」
ミッチーは親指で自分の胸をさした。中町さんを名前で呼び捨てにしたのが気になったけど、ミッチーはクラス全員、いや先生や親までも名前で呼ぶタイプだろう。
「進行が遅れてたから助かるよ。じゃあ始めますか」
ミッチーがクラスメイトに声をかけて、机を教室の後ろに寄せるところから、文化祭準備は始まった。
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