一話 文化祭前夜の窃盗事件 3
「災難だったね、鈴木くん。でもミッチーくんに悪気はないのよ。早くクラスに馴染んでもらおうと思ったんだわ」
怒りを抑えきれず、少し乱暴に着席をした俺に、隣の席の女生徒が声をかけてきた。茶髪を擁護する発言にキッと鋭い目つきで顔を上げると、自分でも驚くぐらい、一気に溜飲が下がった。
メチャクチャ可愛い!
瞬きをすると風が起こりそうな長い睫毛、大きな瞳。鼻は小さくて、ほんのりピンクの唇は潤っている。それらのパーツが、白くて小さな顔にバランスよく配置されていた。
胸の辺りまである長い黒髪は艶やかに光沢を放っている。そこらのアイドルよりも、よっぽど輝いていた。
「私、中町遥。ミッチーくんと同じく、クラス委員なの。よろしくね」
「うん、よろしく」
さっきの仕打ちは頭から吹き飛んで、俺は上の空で返事をした。
「教科書ある? 私の一緒に見る?」
「大丈夫、買ってあるから」
そう答えたあと、忘れたふりをすればよかったと後悔した。そうすれば机をつけて、肩を寄せ合えたのに。
「あら、胸にマスコットつけてるの?」
「これは携帯ストラップ。ちょっと大きいから、目立つよね」
この学校は、授業中にいじってさえいなければ、スマートフォンを身につけていても問題ないようだ。都内で有数の進学校にも関わらず、かなり自由な校風だった。好き勝手をさせても、最低限のモラルを破ることはないと、生徒を信じているのかもしれない。
「そうだ、このマスコットに見覚えないかな」
思い出の“あの子”が中町さんならいいなと淡い期待を抱きながら、携帯ごと彼女に渡した。
「これって……」
「知ってるの?」
俺は食いついた。まさか、いきなりビンゴ?
「見たことがある気がするんだけど……、思い出せないな」
中町さんはクジラのストラップを手に取り、細い首をかしげた。サラリと黒髪が揺れる。
「小二の時にこのマスコットをくれた人を探してるんだ。なにか気づくことがあったら教えて」
「どういうこと?」
中町さんに尋ねられ、マスコットをくれた人にお礼を言いたいけど、手掛かりはこれしかない、とだけ伝えた。泣いているところを慰められたとか、初恋だとか、詳しい思い出までは言わなかった。恥ずかしいから。
そうやって中町さんと話しているうちに、ホームルーム後の休憩時間が終わっていたようだ。一限目の先生が、いつの間にか壇上に立っていた。
教科書とノートを広げ、先生が書く黒板の字を写そうとして、気がついた。
目の前に、白い壁がある。
いや、もちろん人間だ。Yシャツを着た男子生徒の背中が広くて高くて、俺の視界の三分の二を占めていた。
これでは授業にならない。
「あの」
俺は席を替えてもらおうと、前の生徒に声をかけた。そこでハッと気づいた。
場所を入れ替えたら、中町さんの隣じゃなくなるじゃないか!
男子生徒が振り返るのと同時に、「ごめん、なんでもない」と小声で謝った。振り返った男子生徒は、眉をつり上げてギロリと俺を睨むと、また正面を向いた。
「なっ……」
なんでそんなに睨むんだよ。一瞬でも目が離せないほど、今日の授業は大事なのか。これが進学校の厳しい競争社会か。
俺は巨大な男子生徒のあまりの迫力におののいた。
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