一話 文化祭前夜の窃盗事件 2

  *     *     *


 体育館で行われた退屈な始業式が終わり、担任教師と一旦職員室に戻ってから、一緒に一年B組に入った。

 歴史ある進学校の桜星高等学校は、新校舎が出来たばかりで真新しい。先生が教室のドアを開けると、既に転校生が来ると聞いていたらしいクラスメイトの談笑が一瞬とまり、また細波のようにひそひそ話が広がった。

 俺は意識して息を吸って、ゆっくり吐き出した。そうやって肩の力を抜く。

 何度経験しても、この瞬間は緊張する。間違いなく値踏みされているからだ。

 新調した制服が気になった。身長が伸びることを前提としているので、サイズが大きめだった。とはいえ今は夏服なので、そんなに目立たないだろう。

「鈴木昴くんだ。みんな、仲良くするように」

 健康面を心配したくなるほどビール腹の担任教師は、黒板に俺の名前を書きながら言った。

「よろしくお願いします」

 俺は笑みを浮かべながら丁寧に頭を下げた。第一印象が肝心だ。

「スズキ・スバルって、なんか車のメーカーみたいな名前だよな!」

 ハスキー気味の大きな声が飛んできた。クラスがどっと沸く。

 目を向けると、一列目の窓際に、クラスでも一際目立つ、金髪に近い茶髪の男子生徒が座っていた。俺と目が合うとニカッと笑う。クラスに一人はいる、ヤンチャ系の生徒だろう。憎らしいけど、結構イケメンだ。

「うん、よく言われる。覚えやすいでしょ、よろしくね」

 俺は不快な気持ちを押し隠し、にっこりと笑い返した。

「えっ、その顔、あれ? ……そうか、昴か!」

 茶髪の生徒は突然立ち上がった。なかなか背が高い。百七十七センチと見た。

「うん?」

 俺は笑顔をはりつけたまま、首をかしげて見せる。いきなり名前を呼び捨てるなんて、失礼な奴だ。

「オレオレ、有馬道隆! 覚えてない?」

「え?」

 どこかで会っていたのか。記憶にないけど、可能性が高いのは……。

「小学二年生の時?」

「そう、同じクラスだった。スゲー、変わってないな。すぐわかったよ」

 クラスメイトたちが「え、なに?」「ミッチー知ってるの?」とざわめき出した。

「この町に三か月しかいなかったのに、よく覚えてたね」

 俺はそう言いながら、悪い奴じゃないかも、と茶髪の評価を少し上げた。

「そりゃ、オレの初恋だもん」

 茶髪は胸を張った。

 一瞬なにを言われたのかわからず、俺はぽかんと口を開けてしまった。

 ざわめきのボルテージが一気に上がった。女子からは悲鳴のような声もあった。

「昴を見ればわかるじゃん、超可愛くね? これがさ、小学二年の時は女の子にしか見えなかったわけよ。私服だし、名前も昴だしさ。告白する前に男だって知って、撃沈だったわ」

 クラスが衝撃波のような笑いに包まれた。振動で窓ガラスが揺れたほどだ。

「……」

 俺は怒りに堪えて、プルプルと身体を震わせた。

 なんという屈辱!

「ってことでさ、昔馴染みだし、頼ってくれよな。オレ、クラス委員なんだ。昴の机もオレが運んだんだぜ、感謝してくれよな。どうぞ、席はあちら」

 茶髪は廊下側の一番後ろにある、空いている席を指さして、満足げに着席した。

「有馬、騒ぎすぎだ。鈴木、そこに座れ」

 先生に促されて空いた席に向かう間、全身に視線が刺さった。実際になにかで刺されているかのようにチクチクと痛かった。最悪だ。

 確かに俺はいまだに童顔だって言われるし、身長は百六十センチしかない。さすがに、もう女の子に間違われることはないけど、この容姿はコンプレックスだった。

「災難だったね、鈴木くん。でもミッチーくんに悪気はないのよ。早くクラスに馴染んでもらおうと思ったんだわ」

 怒りを抑えきれず、少し乱暴に着席をした俺に、隣の席の女生徒が声をかけてきた。茶髪を擁護する発言にキッと鋭い目つきで顔を上げると、自分でも驚くぐらい、一気に溜飲が下がった。

 メチャクチャ可愛い!

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