第14話 公開実験(3)
「それでは、これより『ブラックホール生成実験』を開始します。モニターとヘッドセット以外の電源は全てOFFになります。ご了承下さい」
無機質な女性の声のアナウンスが終わるとホール内の照明が消え、ホログラフモニターの青白い明かりだけがポウッと浮いていた。
「それでは実験開始します。燃料注入用意・・・3・・・2・・・1・・・投入」
モニターにはサーモグラフィーで撮られた輪切りのウォールカプセルが映る。
「磁場発生用意・・・3・・・2・・・1・・・開始」
ウォールカプセルの中が青から緑、黄色、オレンジと色が変わるのと同時に、色の付いた円が小さくなっていく。赤からピンクとなり、白くなったときには円がすでに点になっていた。
「プラズマ化確認。重力線照射用意・・・3・・・2・・・1・・・照射。・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・終了。質量100㎏のブラックホールの生成に成功しました」
モニターの輪切りのウォールカプセルからは白い点が消え、全面が黒くなっていた。来場者は次々とスタンディングオベーションをし、ホールは割れんばかりの拍手に包まれた。
「照明を戻します」
映画のエンディングの後のように、ホール内がじわじわと明るくなった。同時に来場者がガヤガヤと感想を言い出す。
「あれで終わりなのか?」
「意外と呆気ないですな」
どの顔も緊張から解き放たれ、安堵というより毒気を抜かれたような顔をしている。
「皆様、お疲れ様でした」
ヘッドセットから聞こえてきたのは、無機質な女性の声ではなくグラビサイエンスの広報の声だ。
「意外と呆気なく感じた方も、少なくないのではないでしょうか?それは私たちが安全マージンを多すぎるほど取った『ウォールカプセル』のおかげだと思います。設計上ではこれより10倍の核融合にも耐えられる設計となってますから。さらに今回は余裕を持った磁場と、無駄なく照射された重力線により、前回の成功時よりも迅速に実験を行うことが出来ました」
ヘッドセットをしたグラビサイエンスの広報がホールの中心へと歩いてくる。来場者は拍手で広報を迎えた。
「いやいや、素晴らしい実験でした。技術者というのはどうしても攻めてしまうもの。こちらの安全マージンの取り方は勉強になります」
技術者が賛辞を述べる。
「ありがとうございます」
「相当、緻密な計算の上で、重力線放射をしているようですね。やはり重力線の制御というのは難しいのですか?」
別の技術者の質問だ。
「重力線は強さもそうですが、照射範囲を絞るのも重要ですね。重力線は時間と範囲が、使用エネルギー量と直結しますから」
「今回の使用エネルギーはいくつだったんですか?」
「今回は469テラジュールです。前回の成功時は500テラジュールを超えていたので、一歩前進です」
「それでも469テラジュールですか・・・大都市とはいかなくても中規模の都市の一日分はあるエネルギー量ですな」
「はい。やはり重力子研究の一番のネックは、エネルギーコストの問題です。ブラックホール生成は結果が伴うからまだいいんですが・・・先ほど皆様が体験した人工重力は如何でしたか?」
来場者は怪訝そうな顔をする。
「わずか0.3Gを10分間、このホールに重力を発生させただけで、2700テラジュールのエネルギーが使われているのです」
どよめきの声が来場者から上がった。
「せめて1Gで24時間の重力実験をしたいのですが、今の技術ではエネルギーコストがかかりすぎて実施できません」
1GD/sで0.3テラジュール。×50㎡×60秒×60分×24時間=1,296,000テラジュール。約130万テラジュールだ。2020年当時で世界全体のエネルギー消費量が、年間60万テラジュールほどとされている。世界全体の2年分のエネルギーが、たった24時間、それも50㎡で消費されてしまうのである。来場した科学者や技術者たちも、莫大なエネルギー量に驚きを隠せない。
「そこで、この重力子のエネルギーコスト問題の解決の道が『ブラックホールエンジン』なのです」
モニターにブラックホールエンジンのモデル図が映し出される。
「ブラックホールの解析は、やっと始まったところです。宇宙に存在するブラックホールには、人類史上近づけた者はいません。観測機も近年、ようやく映像を送れるようになったぐらいです。しかし、多少ではありますが、自分たちでブラックホールを生成して、わかったことがあります」
来場者たちは、続きを促すように広報を見つめている。
「ブラックホールには質量の吸収とエネルギーの放出という二つの側面があることは皆様もご存知でしょう。私たちはすでにブラックホールの実験を開始しています。まだまだ公表出来るほどのデータではないのですが、ブラックホールがエネルギーと共に重力子を放出することが判明したのです」
ホールで一番のどよめきが来場者から漏れた。
「これまで、重力線を照射するには低い変換率でエネルギーから変換するしかありませんでした。しかし直接重力子を抽出できれば、コストは1/10にできます。ブラックホールから重力子を直接抽出するのがブラックホールエンジンなのです」
歓声と共に来場者から盛大な拍手が湧き上がった。
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