第12話 公開実験(1)

グラビサイエンス研究所(GraviScience Institute)と未来エネルギー研究連盟(Future Energy Research Federation, FERF)は、前回の共同開発で成功した「重水素による核融合コアブラックホール生成実験」の再現実験の公開を行うと発表した。


場所は地球軌道上、太陽の真裏に位置するラグランジュポイントの宇宙ステーション「グラビサイエンス・エネルギーコア研究所(GraviScience Energy Core Research Institute, GECRI)」である。5基の核融合発電機を備え、すぐ隣には直径20mほどの球体がいくつか浮かんでいた。

GECRIには数十人の招待客が来ていた。ブラックホール生成が成功したことで、次のステップとなる「ブラックホールエンジンの試作」へと移行するためのスポンサーを募る為である。

特にグラビサイエンスとFERFが期待しているのは、核融合エネルギー企業の重鎮たち。核融合のプロに協力してもらうことで、試作実験を効率的に進めたいと目論んでいた。


GECRIに隣接された5基の核融合発電機に直径20mの球体が接続される。

「ほう、あれは弊社の核融合機ですね。ありがとうございます」

F・Eの技術主任が、グラビサイエンスの広報に礼儀正しく話しかけた。「フュージョンエナジーテクノロジーズ(Fusion Energy Technologies)」通称「F・Eエフイー」と呼ばれる、熱核融合エネルギーのパイオニアだ。先端技術を駆使して高効率でのエネルギーを生み出すことに長けていて、世界中の熱核融合プロジェクトに対してコンサルティングや技術提供を行っていた。

「はい。F・Eエフイーさんは、プロジェクト用の機種が豊富ですからね」

「ありがとうございます。弊社は業界のパイオニアを自負しておりますので。お客様のニーズに応えられるよう、豊富なラインナップを取り揃えています。新製品のカタログも用意してありますよ。ご用命の際には、私までご連絡ください」

グラビサイエンスの広報は、内心で苦笑した。技術主任と聞いていたが、まるで営業のような話し方だからだ。

「この後、まだまだ大きなプロジェクトが控えていますので、今後ともよろしくお願いいたします」

「はい。弊社で出来ることでしたら、協力させてください」

F・Eエフイーの技術主任は終始笑顔だった。


落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見回しているのは、エコノミックパワーの副社長だ。「エコノミックパワーソリューションズ(Economic Power Solutions)」経済的な熱核融合エネルギーの開発と普及に重点を置いている企業で、コスト効率の高いプロジェクトを展開しエネルギーコストの低減と社会への貢献を目指している。多くの地域でプロジェクトを推進し、熱核融合エネルギーの普及に努めていた。

「どうかなさいましたか?副社長」

「世界各地、あらゆるところに行ったことがあるんですが、さすがに宇宙は初めてでして」

「そうでしたか。最近の研究は宇宙でやることが多いですからね。慣れておいた方がいいですよ」

西暦2222年に「重力子」「幽子」「霊子」が発見されて以来、研究用宇宙ステーションは雨後の筍のように増えていた。特に「重力子」の研究は無重力でなければならない。宇宙での研究が主流になるのも当然だ。

「それにしても、ここには重力があるんですね。ビックリしました」

「この一角は居住区にもなっていて、上から重力線を照射しています。まあ実験も兼ねているんですが」

GECRIでは居住区に0.3Gの重力を発生させていた。今回の「重水素による核融合コアブラックホール生成実験」の公開も居住区のホールで開催されている。

「なるほど。重力子の実用化はこんなところにも表れているんですね。私のような宇宙に不慣れなものだと、無重力はどうも苦手でして・・・重力があるとホッとします」

「わかりますよ、その気持ち。なので、ここでは1日に10分だけ居住区に重力を発生させているんです」

うむうむと興味深く頷く副社長。

「ところで、この重力を発生させるのに、どれくらいのエネルギーを使っているんですか?」

「この居住区の床面積が50㎡ほどです。後ほど説明はしますが、1GD/sを1㎡で300GJですからね。10分で2700TJかかっています」

グラビサイエンスの広報は苦笑した。

「さすがに桁違いの実験ですな・・・大都市の一か月分のエネルギーを越えてますよ?」

エコノミックパワーの副社長は目を丸くし、口をポカンと開けていた。ちなみに2020年当時の日本の年間電力消費量が、約9,000TJである。


『あと10秒で重力試験は終了します。繰り返します。あと10秒で重力試験は終了します。なお公開実験は10分後に開始します。お近くの席に座って、お待ちください』

館内放送が鳴り響き、招待客からどよめきが漏れる。

「副社長、今のうちに椅子に座り、シートベルトを着用しておいた方がいいです。もうすぐ『ブラックホール生成成功の再現実験』の詳細、及びデータ説明がはじまりますので」

「お気遣い、感謝します」

副社長は手近な椅子に座り、シートベルトをカチリと着ける。

椅子のサイドテーブルが立ち上がり副社長の目の前にはホログラムのモニターが浮き出る。テーブルはタッチパネルとなり、副社長が知りたいデータが次々とモニターに映し出された。


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