第11話 残りカス

西暦2349年、人類は初の人工ブラックホールの生成に成功した。

グラビサイエンス研究所(GraviScience Institute)と未来エネルギー研究連盟(Future Energy Research Federation, FERF)とで共同開発した「D-T反応による核融合コアブラックホール生成実験」によるものだ。

人類初の人工ブラックホール:質量100㎏・直径約0.3mm。自然環境ではあり得ない、超極小のブラックホール。

ブラックホールの生成に関するデータは、惜しげもなく全て公開された。失敗のデータも克明に記されていた。グラビサイエンス、FERFのどちらも非営利団体であり、ブラックホールの生成の普及を一番に考えているからだ。子細なデータは他のブラックホール生成実験を行っている団体にとって貴重な情報だ。良くも悪くも・・・


「グラビテック・エナジーソリューションズ(Gravitech Energy Solutions)」の本社ビルの最上階、社長室。

グラビテック社は世界有数の重工業グループ「スミス重工業メガコーポレーション(Smith Heavy Industries Mega Corporation)」が重力子技術専門として設立した会社だ。スミス重工業は鉄鋼業界でも有数で、鋼材資源も豊富に抱えている。


「主任、ご苦労だったな。で?我が社の『タングステンコアブラックホール実験』は、失敗したという訳か」

「社長、失敗ではありません。一次実験がうまくいかなかっただけのことです。あれだけの資金を投入した宇宙研究施設を、失敗に終わらせるわけにはいきません」

グラビテック社が地球軌道上ラグランジュポイントに設置したブラックホール生成用研究施設は、他のブラックホールの生成施設より、資金も設備も大きく充実していた。スミス重工業の力でもある。


「ここにグラビサイエンスとFERFの実験データがある。彼らは100GD/sを5秒照射でブラックホールの生成に成功したそうだが、我が実験チームの重力線照射量は150GD/sだったそうじゃないか。しかも5分間の照射でも失敗したと聞いている。いくら素材が安くても、エネルギーコストがかかりすぎだ」

主任は唇をかみしめながら、黙って聞いている。

「200GD/sなら成功するのか?10分間、照射するのか?コストは何倍に膨れ上がる?」

社長はゆっくり立ち上がり、優しく主任の肩をポンっと叩いた。

「君の気持ちはわかる。どこよりも大きな投資をして『何も得られない』のは、最悪と言ってもいい結果だからな」

「・・・」

社長は窓の外から下を見た。

「本隊が黙っておらんのだよ。これ以上、頑張っても・・・売り物にはならん」

本隊とは親会社「スミス重工業」のことだ。

「君たちは頑張った。よくやってくれたと思う。そもそものアプローチが間違っていた、ということだな。責任はゴーサインを出した、私にある」


社長は窓を全開にして、空を見上げた。

「この会社は近いうちに解散になる。君たちは本隊に戻ることになるだろう。みな、優秀な開発スタッフだ。本隊は君たちを手元に呼び戻すだろう」

グラビテック社の開発陣はスミス重工業における最高峰の頭脳集団だ。グループにとっては大打撃だが、まだ巻き返すチャンスは残っている。

「・・・社長」

「私か?私の代わりなどいくらでもいる。私は・・・そうだな、辺鄙な山奥の採掘現場監督に左遷、というところだろうな」

社長は寂しく笑った。


「しゃ、社長。せめて、これが何かに使えれば」

主任が持ってきたのは、歪に切り取られた黒焦げた金属の塊。大きさはこぶし大程度だ。主任は恭しく金属の塊を社長に渡す。

「実験の残りカスか・・・」

社長の顔は冴えない。金属の塊を持ち上げて、断面をジロジロと見つめる。

「随分と難儀したようだな。相当固いのか?」

「現場からの報告では『比重50の金属ができあがった』と・・・」

「バカを言うな!!これが比重50だと!?私をバカにしてるのか?!こんなもの金より軽いぞ!」

金は比重19.32だ。

「重力やブラックホールのことは素人だが、金属に関してはプロだ。比重50が、こんなに軽いわけがない!!」

「そ、そんなはずは・・・現場は確かに『比重50』と言っていたのですが・・・」

「主任、お前、これを自分で持ってみたのか?自分で持ってみれば、すぐにわかるはずだ!それっ」

社長は金属の塊を、下手投げで主任へと投げる。

「うわっ、おっと!」

タイミングが合わずに、主任は金属の塊を受け損なう。スローモーションのように落ちた塊は、ゴトリと鈍い音を立てて床に落ちた。

「す、すみません、社長」

謝る主任だが、社長は驚愕のあまりに顔を青ざめていた。

「・・・」

「社長?」

「・・・何だ?・・・い、今の動きは・・・」

社長はよろめきながら、床に落ちた塊を拾う。

「社長、どうかしましたか?」

「主任!!今のがわからんのか!?」

首を傾げる主任を横に、社長は金属の塊を持ちながらデスクの上のペンを取る。

「万有引力の法則ぐらい、知ってるよな?」

社長の右手に金属の塊、左手にペンを持ち、両手を前に出す。

そして、同時に手を離した。


「!!」

ペンは普通にストンと落ちるが、金属の塊はゆっくりと落ちていく。

「しゃ、社長・・・これは・・・?」

「とんでもないものを作ってしまったかもしれんぞ?主任、大至急こいつの重量と質量を調べろ!」




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