第10話 ブラックホール生成実験
西暦2323年に重力子が実用化されると、2333年には「ブラックホール生成理論」が重力科学研究機構(Institute for Gravitational Science, IGS)と量子重力学連合(Quantum Gravity Union, QGU)から共同発表された。
重力子の実用化から、わずか10年でブラックホールの生成理論が確立されたことに世界は驚いた。量子重力理論の主要な研究対象がブラックホールであるがために、重力子理論とうまく嚙みあったということであろう。
「ブラックホールが自分たちの手で生成できる」この事実は世界に希望を与えた。
地球上での原子力使用禁止条約により行き所を無くした原子力エネルギー企業は、ブラックホール生成事業に舵を切る。特に「エンリコン社(Enricon Incorporated)」と「エーコアール社(EcoR Inc.)」の二社は、地球上における原子力事業を牽引してきた大企業だ。原子力に変わる事業を模索していた両社にとって、ブラックホール生成事業は「渡りに船」だった。
ブラックホール生成には莫大なエネルギーが必要となる。ブラックホール生成装置に原子力を利用し、設備は宇宙空間になるので「地球上での原子力使用禁止条約」には抵触しない。これまでのノウハウをフルに生かせる事業に、両社は競争するかのごとく開発に注力した。
一方でブラックホールから効率的にエネルギーを抽出する「ブラックホールエンジン」の研究も、重力子の実用化に伴い急速に推し進められた。
「ブラックホール生成理論」を共同発表したIGSとQGUは、2342年に「ブラックホールエンジン理論」を共同発表する。
さらに2345年には「未来エネルギー研究連盟(Future Energy Research Federation, FERF)」は、ブラックホールの量産化を目論んだ「ブラックホール生成エンジン理論」を発表した。こちらはブラックホールから直接重力子エネルギーを抽出させることに特化しており、将来の需要を見込んでの研究だった。
未来エネルギー研究連盟は重力子技術と量子重力学、ブラックホールエンジンに興味を持つ研究者や企業が集まる越境的な国際組織である。
その後、核融合やプラズマを利用する「ブラックホール生成論」や、電力発生用「ブラックホールエンジン論」など幾種ものブラックホールに関する理論が発表されていく。
またブラックホールに関する理論だけでなく、ブラックホール生成実験も国家や企業の援助を受けて各研究団体、各社が様々な実験にトライしていた。
エンリコン社は原子力エネルギーの大手である強みを生かして、地球上での原子力使用禁止条約により余剰となったウランを使用した「ウランコアブラックホール生成実験」を行う。ウランは重金属であるとともに放射性物質であり、核分裂反応をエネルギーとして重力子で圧縮。ブラックホールを生成させようとする実験である。
エーコアール社もエンリコン社と同様に、プルトニウムによる「プルトニウムコアブラックホール生成実験」を行っていた。
どちらもエネルギー産業で長年にわたり影響力を持ち、再生可能エネルギーと核融合技術にも取り組んでいるため、ブラックホール生成実験も順調に進んでいた。
「グラビテック・エナジーソリューションズ(Gravitech Energy Solutions)」は世界有数の重工業グループ「スミス重工業メガコーポレーション(Smith Heavy Industries Mega Corporation)」が重力子技術専門として設立した会社だ。彼らは危険性の高い放射性物質ではなく、量が豊富で安全で安価な重金属であるタングステンをコアにしたブラックホール生成実験を試みていた。
「ブラックホール生成理論」を共同発表したIGSとQGUは、これらの企業に科学者を派遣し協力している。
一方、グラビサイエンス研究所(GraviScience Institute)は未来エネルギー研究連盟(Future Energy Research Federation, FERF)と共同で、IGSやQGUとは独立した独自のブラックホール生成エンジン理論からの実験を行っていた。
グラビサイエンス研究所は世界のトップ科学者が集まる公共研究機関で、企業理念に囚われない国際協力の下で実験を進めていた。グラビサイエンスとFERFの両団体は重水素と三重水素による核融合技術と重力子技術を融合させ、ブラックホール生成の研究を深めていく。D-T反応による核融合によって高温高圧のプラズマを生成し、重力子で圧縮してブラックホールにすることの成功を目指すものだ。
そして遂に西暦2349年、人類は初の人工ブラックホールの生成に成功した。
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