第8話 重力子の実用化

 西暦2200年代後半になると、地球軌道上のラグランジュポイントには重力子研究用の宇宙ステーションが数多く配置されていた。

 重力子による人工ブラックホールの可能性が示唆されると、核に代わるエネルギーとして全世界の注目を浴びた。自然界ではあり得ない数トンくらすの微細ブラックホールでも、重力子が実用化されれば可能だ。国家予算や大資本家、大企業も、重力子の研究に莫大な資金を注ぎ込む。人材も世界各国から集められ、世界最先端の設備と頭脳が宇宙に集結した。

 地球上、つまり有重力下では見つけることが出来なかった重力子だが、環境と設備さえ整えばハードルはかなり低くなる。重力子の研究は日進月歩で進んでいた。


 そして遂に西暦2268年に重力子の実用化の理論が確立される。

 世界は老朽化した原子力設備の度重なる事故と地球上での原子力使用禁止条約の締結により、原子力エネルギーの限界に直面していた。人類存亡の危機的な状況下で、新たなエネルギーの確保が人類の喫緊の課題となったのである。人工ブラックホールの可能性が世界の注目を集め、人類の未来に対する希望と称賛の言葉で世界は埋め尽くされた。

 しかし重力子の実用化への道は険しく、2200年代に重力子が実用化されることはなかった。


 公式に「重力子の実用化」を発表したのは西暦2323年。J.ナカオカ博士が重力子を発見してから、すでに100年が過ぎていた。


 発表は国際素粒子物理学協会(International Association of Particle Physics, IAPP)と重力科学研究機構(Institute for Gravitational Science, IGS)の共同発表とされ、J.ナカオカ博士の所属した国際素粒子研究機関(International Particle Research Institute, IPRI)の名は無かった。



 「先輩、今日の発表は意外でしたね」

 「IPRIの名が無かったことか?そうなるんじゃないかって声は古参の記者から出ていたよ」

 「えっ?予想されてたんですか?だってIPRIってナカオカ博士のとこですよ?重力子はナカオカ博士が発見したんだから、実用化にも名を連ねるんじゃないかって思うのが普通ですよ」

 「普通・・ならな」

 「・・・普通じゃないってことですか?」

 「お前、ナカオカ博士の二つ名って知ってるか?」

 「・・・すみません。そこまで知らないです」

 「まあ、100年前の科学者の二つ名なんて知らなくても構わんよ」

 「あ、でも『魔女』なら知ってます」

 「ナディヤ女史か?あの人は科学者というより作家だからな。『変人』より有名だよ」

 「・・・『変人』って呼ばれてたんですか?ナカオカ博士は」

 「それだけじゃないぞ。『奇人』『ぼっち』『孤高』・・・良いも悪いもひっくるめて、いろいろ言われてた科学界の異端者だ」

 「・・・何となくわかります。50年宇宙ステーションで暮らしてたんでしょ?」

 「そういう人でなきゃ『重力子』は発見できなかったってことだ」

 「・・・それと、今回の発表にIPRIの名前が無いことと関係があるんですか?」

 「お前『重力子の発見』の発表のこと、どこまで知ってる?」

 「やだなぁ、僕だって記者ですよ。ちゃんと調べてます。・・・確か、招待した科学者全員に、新素粒子発見に関わる全てのデータを開示したんですよね?自分の利益も顧みずに」

 「・・・『自分』を『IPRI』に置き換えてみろ」

 「は?・・・あっ!!」

 「わかったか?IPRIは世界を揺るがす大発見をしたのに、大した利益を得ることが出来なかったんだ」

 「うわ・・・ヤバいですね」

 「その後の『重力子の実用化』に向けて、IPRIは自前の研究用宇宙ステーションを上げることが出来なかったんだよ。資金不足で」

 「・・・ヤバいですね」

 「加えてIPRIではナカオカ博士に続く後進も育てられなかった。50年間宇宙引きこもりの『変人』が後継者を育てられるわけがない」

 「いや、助手の科学者だって優秀でしょ?」

 「素粒子の『発見』と『実用化』は全くの別物だぞ。『発見』には役に立ったが『実用化』には役立たずだったとよ」

 「・・・そういうことだったんですね」

 「金も人材も無い団体に『名誉はあげられない』ってことなんだろうな」

 「・・・世知辛いんですね。科学界って」

 「お前も科学記者なら、しっかり心構えぐらいはしておけよ」

 「・・・勉強になります」



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