第7話 西暦2228年・冬
幽霊現象学会(Society for Ghost Phenomena, SGP)の本部の入った、古びた雑居ビルの一角。若い男女がノーベル賞の授賞式の様子をモニターで見ている。
「しっかし、ウチの会長がノーベル賞を取るとは夢にも思わなかったっス」
「え~っ?ナディヤ女史ってウチの会長なの?!」
「あ~元っス。元。君がウチに入ったのは3年前っスよね?会長は5年前に辞めてるっス」
「な~んだ、残念。でも、そっか。だからナディヤ女史の処女作が『幽霊の科学(Ghost Science)』だったのね」
ナディヤが初めて発表した文芸書が「幽霊の科学(Ghost Science)」だ。幽霊の存在と心霊現象をゴーストマターによって、科学的に解析した本である。なお「幽子」と「霊子」のことを「ゴーストマター」と呼んだのは、この本が初めてだった。
「二冊目の『魔女による魔女の科学』が世界的なヒットでベストセラーなんて、スゴすぎるわ。あのマクベスの解釈とか、ヘンゼルとグレーテルもゴーストマターによる魔法だなんて、知識と推測とを結びつける能力がスゴいのよ。子供も大人も夢中になってしまうわ」
「へへへ~、自分、娘に買ってあげたっス。『将来は魔女になる』って言ってるっスよ」
「素敵ね」
「いやぁ、娘が会長みたいになるのは、勘弁してほしいっス・・・」
「え~っ!ナディヤ女史って、子供好きで優しそうじゃない!」
「優しそう?!会長がぁ?!マジで?!あの人は本物の『魔女』っスよ!『ま・じょ!!』死ぬほど怖かったんっスからね!!三人ぐらい人を殺してても不思議じゃないっス!!」
若い男が力説する。
「イ~ヒッヒ、って笑ってるのに、目が笑っていないんス。いつも俯き加減でブツブツ言っていて、突然、笑うんスよ!生きた心地しないっス!!」
「・・・とか何とか言ってる割には、顔がニヤけてるじゃない」
「あう・・・」
若い男は顔を赤らめて黙ってしまった。してやったりの表情の若い女。
ノーベル賞授賞式は、医学賞受賞者のスピーチの様子がモニターに映し出されている。文学賞はまだ先だ。
「そういえば、ナディヤ女史の新刊、読んだ?」
「秋に出たばかりの『霊子論(Spiriton Theory)』っスか?もう読み終えたっス」
「え~っ!!あんなに分厚くて難しい本、もう読み終えたの?!」
「あ~、こう見えて自分も科学者の端くれっスから。内容も頭に入ってるっスよ」
「・・・はぁ。意外」
「よく言われるっス」
若い男はニコニコしている。
「霊子ってそんなにスゴいエネルギーなの?」
「全部検証の無い仮定と推測の話っス。論文調の内容っスけど、論文としての価値はないっス」
「そうなんだ・・・私、信じちゃった」
「信じてもいいんじゃないっスか?」
「え?」
「いやぁ、検証できてないだけで、書いてあることが事実じゃないってことも証明されてないっスから」
「霊子論(Spiriton Theory)」に書かれているのは、霊子のエネルギーとしての可能性。
・霊子が生命力であるならば、全ての動植物は霊子を有している。霊子の互換性の問題はあるにせよ、植物の霊子を生命力エネルギーとして利用可能。
・霊子の影響による幽霊や魔法の事例から、霊子のアンチマター化の可能性。
・霊子貯蔵の可能性。
・ダークマター的な性質を持つため、一般的な物質とは異なる次元や特性を有しているため、光速を越えるスピードで移動できると推測。
・霊子の速度を利用した超高性能コンピュータの可能性。
などが科学的視野で固められた理論で記されていた。
「副題の『霊子が人類を救うカギとなる』って、重力子派に押されているゴーストマター派にとっては力強い言葉よね」
「会長の『霊子論』が実証されたら、ノーベル物理学賞ものっスよ!!」
二人が雑談をしている間に、ノーベル文学賞受賞者、ナディヤ・カザンスカの受賞スピーチが始まる。
「まずは一言・・・このノーベル賞を、我が友人『ジュン・ナカオカ』に捧げます」
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