第6話 重力子派とゴーストマター派



 科学の発展には世間の注目が欠かせない。いかに世間の協力を仰げるか?が科学の発展のスピードのカギを握る。世間から認められれば、国家予算とか寄付とか集まり、研究に必要な資金や人材を確保できる。また子供たちが科学に興味を持てば、将来の科学者の人材確保にもつながる。科学の発展にはお金も時間だけでなく、世間の関心と支援が欠かせないのだ。

人類のためという大義名分も大切だが、時には「国家の利益となる」といった直接的なアピールも有効である。うまく先進国の国家予算に組み込まれれば、莫大な開発資金を得たも同然だからだ。但し国家が絡むと、必然的に制限も増えてしまうのだが。


 ナカオカ博士の新素粒子発見から、科学界だけでなく、世界は大きく二派に分かれた。「重力子の研究に注力すべきだ」という大資本家や先進国と、より身近な「幽子」「霊子」に注目する世俗的な面々とに。

どちらの発見も人類にとって大きな出来事なのは間違いない。しかし方向性は全く異なる。


 「重力子の実用化」は将来の人類が、地球圏から宇宙へと進出するために欠かせない手段となり得る。地球から宇宙へと進出するときに大きな壁となるのが「地球の重力」だ。地球の重力を抜け出すだけでも多大な労力を必要とされており、その先の宇宙へと進出する余力が足りていないのである。重力子が実用化されれば、地球の重力を無効化できるかもしれない。まだ見ぬ宇宙へと希望を見出す人々にとって、重力子の実用化はこれ以上ないほどの魅力がたっぷり詰まっているのである。

 実用化への問題として、「重力子」は周囲に重力があると実験は難しい。地球上では重力子の実験は不可能なのだ。しかし逆に言えば、重力の影響が無ければ研究は進むのである。国家や研究機関は地球近辺のラグランジュポイントでの宇宙ステーション計画を次々と打ち出した。


 一方の「幽子」「霊子」の新素粒子の方だが、こちらは実用化のメリットが明確に示されていない。オカルト研究家にとっては一大事件なのだが、国家や一般企業家の興味は薄かった。「幽霊が可視化できる」「心霊現象を科学化できる」「ゴーストバスターズが実現する」など世俗的な興味を引くことはできるが、国家や企業にとっての商業的価値を示すことができなかった。

 一部のクローン研究者は「幽子」「霊子」の持つ潜在的な商業価値の可能性を信じてはいるのだが、世論を煽るようなプロパガンダは打ち上げていない。人権擁護派を刺激しないように、むしろ目立たないように活動していた。

 「幽子」と「霊子」は研究の目処がなかなか立たない。ナカオカ博士によれば「幽子」も「霊子」も誰しもが持っているという。研究材料は自分ですでに持っているという身近さだ。しかしダークマターということが研究を難しくしている。まだまだダークマターを検出できる機械はほとんど無い。ナカオカ博士が発見したのだから検出する方法は開示されているものの、研究への道のりは険しかった。


 世間的な興味は「重力子派」「幽子霊子派」どちらにも関心があるのだが、資本と人材の動きは大きく「重力子派」に傾いていた。どちらかというと劣勢に追い込まれていた「幽子霊子派」が、「幽子」と「霊子」の両方を合わせて「ゴーストマター」と呼ぶように喧伝する。造語ではあるが、通称を使うことで世間の認知度を高めるためだ。さらに娯楽的要素を高めることにより、子供たちに科学への興味を持ってもらい、長期的視野で将来の人材確保へと舵を切ったのである。


 ミステリー・フォーサイエンス・ソサエティ(Mystery Forscience Society, MFS)を立ち上げたナディヤ・カザンスカ(Nadiya Kazanska)は、科学者でありながら民俗学や童話への造詣が深く科学的見地からの研究を深めていった。ナカオカ博士が幽子と霊子を発見したことから、オカルト的なことも科学として仮説を立てやすくなったことも大きい。例えゴーストマターが実用化されていなくても、発見されていることが「科学」なのである。彼女は仮説を駆使し、童話やフォークロアを大人も楽しめる理知的な読み物として次々と刊行した。

 ナディヤ・カザンスカの著書は世界的ヒットとなり、彼女は3年と経たずにベストセラー作家となる。特に彼女自身が科学界で「魔女」と呼ばれていたこともあり、童話に出てくる魔女の魔法を科学として捉えた「魔女による魔女の科学(The Witch's Science: Magic Unveiled)」はあらゆる言語に翻訳され、世界中の学校や図書館で読まれるようになった。

 ナディヤは2228年、ついにノーベル文学賞を受賞したのである。受賞年齢は89歳。奇しくもJ.ナカオカが生きていれば、ノーベル物理学賞を受賞していたはずの年齢と同じであった。


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