第5話 西暦2223年・秋
科学者にとって、ノーベル賞の発表は一種の祭りだ。
「誰が」というよりも「内容」が重要なのだ。一体どんな研究が栄誉たるものになるのか。ノーベル賞の選考は50年間公開されない上に、候補者選びも1年かけて絞るのだ。自分が賞を取れなくても、自分が専攻する分野が選ばれればトレンドになる。 自分の研究が注目されているようで、少しばかり誇らしくなるのだった。
さすがの科学者たちも本当の祭りのように騒ぐことはない。騒ぎはしないのだが、何となくソワソワする。
しかし今年のノーベル賞は、どことなく沈んでいる。
去年の秋は、ノーベル賞どころではなかった。夏に発表された「歴史上の大発見」 「歴史的大事件」とまで評されるほどの宇宙ステーションからの会見。科学界どころか世界中を巻き込んだ素粒子大論争。「幽霊が科学となる」「人間の本質は素粒子だ」などの見出しが付いたゴシップニュースが飛び交うほど、世界中を渦に巻いた。
「来年のノーベル物理学賞は、もう決まりだろ」と、誰もが思ったJ.ナカオカの奇跡。
2223年のノーベル賞のどこにも「J.ナカオカ」の名前はなかった。
「死亡した人には賞は授与されない」
1974年の取り決めで、死亡した人には授与しないという方針が決まっていた。
J.ナカオカ:享年89歳。2223年1月23日、死去。
死因は秘匿され、遺体は宇宙葬という形で太陽系外に向かって、外宇宙へ永遠の旅に出た。
彼の偉業は、いずれ地球人類の宇宙移住というカタチになるだろう。
ナカオカ博士には「人類よりも先に、一足早く宇宙に移住してもらおう」という意図があった。
どれも国際素粒子研究機関(International Particle Research Institute, IPRI)の発言だった。
「アタシだったら、正反対の方へ向けてやるんだけどねえ」
元幽霊現象学会(Society for Ghost Phenomena, SGP)会長の老婆がポツリと言う。
「アンタなんか太陽に向けて射出してやるんだから!!」
若い頃の女史の決め台詞だ。とはいえ、この言葉はJ.ナカオカに言い負かされた時の捨て台詞なのだが。
「怪しげな研究もバカにしたものではない。オカルトだって、立派な科学だ。ただ解明できていないだけの、未来の科学だと私は思っている」
若い頃に女史が言われた言葉だ。
「50年、一つの素粒子の発見に拘り、何のエビデンスも出せなかったくせに、気晴らしで二つも新素粒子を発見しちまうんだから・・・バカなんだか、天才なんだか・・・」
カランとブランデーグラスの氷が音を奏でる。
「ジュン・・・アンタは本物の『変人』だよ。『魔女』なんて『変人』の前では、ただの女さね」
老婆はブランデーグラスを一気に煽った。
「どうして、こう長閑なところにいると、昔を思い出すんだろうね?」
老婆が呟いたのは、アンデス山脈のふもとの小さな村のログハウス。
ミステリー・フォーサイエンス・ソサエティ(Mystery Forscience Society, MFS)の本部事務所。
彼女は幽霊現象学会(Society for Ghost Phenomena, SGP)の会長の座を後進に譲り、新しい研究組織を立ち上げていた。
MFSはオカルトや超自然的な現象についての研究をフォークロアや神話学と結びつけて行っており、古代の伝承や未解明の事件にも焦点を当てている。科学と人文科学の融合を図りながら研究し、人間の信仰や心の影響も考慮しながら現象の理解に幅広い視点を持っていた。
「アンタに先を越されたからね。自分のやりたいことをやることにするよ。乾杯」
老婆はブランデーグラスを雲一つない空に掲げた。
「しばらくは、アンタの隣には行けそうもないね」
彼女の名はナディヤ・カザンスカ(Nadiya Kazanska)
「魔女」と名付けられたまま100歳を生きた科学者である。
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