第2話 西暦2222年・夏(2)
「さて、次の『幽子』と『霊子』だが・・・見つけたのは、本当に偶然だった。いや、運が良かったというべきかな」
会場の科学者たちがシーンと静まり返る。
「エーテルシリウムから地球が見えるんだが・・・小さいんだよ。青くてきれいなんだけど・・・小さい。そこに住んでいる人間は、もっと小さい。ちっぽけなんだよ」
ナカオカ博士を映していた画像が動き、窓が映りこむ。船の船内を思わせるような小窓の外は、夜空のような宇宙が見えた。
「そっちでも見えるかな?地球が。このカメラじゃあわからないか?」
宇宙ステーション「エーテルシリウム」は地球公転軌道上のラグランジュポイントに位置しているため、地球から見える月よりもエーテルシリウムから見える地球は小さかった。カメラは窓を拡大して映すものの、かろうじて大きな星が見えるだけ。地球なのかどうか、判別は難しい。
「ここからの地球を見ていると『自分とは何か?』『何故自分は自分なのか?』『人間とは何か?』『何故自分は他人になれないのか?』『他人は自分になれないのか?』次々と哲学的な疑問が溢れてくる」
スクリーンの中の博士は窓から地球を見ていたが、不意に振り向き、カメラに向けて力強く言った。
「しかし、私は哲学者ではない!科学者だ!!ずっと素粒子を追い求めてきた科学者なのだ!!哲学的な疑問には、素粒子で答えるべきだと!!」
会場の科学者たちは怪訝な表情を見せる。
ふぅ~と深いため息の後、博士は椅子に深く体を預けた。
「諸君らの中には、私が何を言っているのか、わからない者もいるだろう。それほど追い込まれていたのだよ、当時の私は。・・・気が狂いそうだった」
科学者たちの中には、深く頷いている者もいる。「気が狂いそうだった」という言葉には、同感できる科学者も少なくない。
「はじめは、重力子研究が行き詰まってしまったが故の気晴らしだった。『人間の気持ちって何で出来ているのか?』『人間の気持ちも素粒子で出来ているのではないだろうか?』そんな軽い気持ちで始めたことだった。本気で探したわけではない。疑問、予測、検証を繰り返す初歩的な実験の繰り返し。単調だったが、気晴らしにはちょうど良かった。まるで科学者になりたての頃に戻ったような、フレッシュな気持ちを取り戻せたのだ」
会場にいる誰もが、博士の言葉に聞き入っている。怪しげな団体の自称科学者たちも真剣な表情だ。
「私はふと、思ったのだ。『見つけられないのではなく、見えない』のではないか、と。・・・つまりダークマターの可能性を見出したのだ」
小声だが、わずかに会場がざわつく。
「結果論で言えば『重力子』はダークマターではなかったがね」
博士がニヤリと笑う。
「それでは、私が発見した『幽子』と『霊子』を紹介しよう!」
スクリーンに文字が浮かび上がる。
「幽子(Spectron)」
•定義: 幽体や魂の存在を構成する素粒子であり、ダークマター的な性質を持つフェルミ粒子です。
•特徴: 幽子は、物質とは異なる次元に存在するダークマターの構成要素であり、人間の魂や幽体離脱などの霊的な現象と関係があります。幽子は幽体との相互作用を介して人間の精神や意識と結びつき、霊的な領域と物質の世界をつなぐ役割を果たします。
「霊子(Spiritron)」
•定義: 幽子のエネルギー源となる素粒子であり、ダークマター的な性質を持つボース粒子です。
•特徴: 霊子は幽子と密接に結びつき、幽子の存在や機能を支えるエネルギー源となります。ダークマター的な性質を持つため、一般的な物質とは異なる次元や特性を有しており、幽子と共に霊的な現象や魂のエネルギーの源として働きます。
おおっと会場全体がどよめく。
「諸君らも知っての通り、ダークマターの特徴としては『見えない』『触れない』『でも質量はある』素粒子のことだ。つまり人間の魂には質量があったのだよ」
「「やった!!」」
興奮して思わず声を上げて立ち上がったのは、幽体現象研究協議会(Council for Study of Spectral Phenomena, CSSP)や霊的エネルギー物理学協議会(Council for Spiritual Energy Physics, CSEP)などの、オカルト現象を科学として研究している団体の面々。
「フフン。諸君らの気持ちもわからなくはない。が、もう少しだけ私の話を聞いてくれたまえ」
博士からも会場の様子が見えているようだ。立ち上がった者たちは、恥ずかしいのか周囲に謝りながら腰を下ろす。彼らを見る物理学者や量子力学の科学者たちの視線は冷たい。
「そう彼らを冷ややかに見るものではない。昔、人間の魂の重さを量ろうとした科学者がいた。死の直前と直後の体重を量ることでな。検体数も少なく、再現性も無かったので、誰にも認められなかったが。しかし、彼の仮説は間違っていなかったのだ。怪しげな研究もバカにしたものではない」
白髪頭の老人の口調は、あくまでも優しい。
「案外、幽子と霊子の実用化するのは、彼らかもしれんぞ?」
博士は挑発するように人の悪そうな笑みを浮かべた。
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