科学とオカルトの交差点(Gravity Ghost Gear開発史)

高戸 賢二

第1話 西暦2222年・夏(1)

空気がざわついている。

科学界、いや人類にとっても転機となりうる重大発表が、宇宙から届けられるという。すでに内容は報道やニュースなどで報じられているものだが、俄かには信じ難い発見。科学界のみならず、全世界の各研究団体が身を乗り出す。今までの価値観が逆転する可能性もあるからだ。これは「歴史上の大発見」である。

国際素粒子研究機関(International Particle Research Institute, IPRI)が主催の学会の中継が、これより始まろうとしていた。


ニュージーランドの南島、クイーンズタウンにある国際素粒子研究機関(IPRI)本部。閑静な田舎町の美しい自然景観を一望できる建物の地下、大きな会議室には世界各国の名だたる科学者が一堂に集結していた。「歴史上の大発見」と煽っているのはIPRI本部。「何と大げさな」と一笑に付すのは簡単だが、科学をかじった者なら誰も見過ごすことはできないだろう。何故なら科学者とは名ばかりの異端の者も、結構な数が集まっているからだ。権威ある物理学会では、まず見られないような面々だ。それだけに今回の発見が「如何に特別か」を参加者に思い知らせてくれる。

IPRIの地下の会議室は、1000人以上の科学者がモニター付きのテーブルに着いている。参加申請をした科学者の数があまりにも多かったため、報道陣は別室に集められていた。まるでオリンピックを思わせるような報道体制。IPRI本部の大きな建物のほとんどを、報道陣に開放するほどの賑わいだった。


会議室の大きなスクリーンに映されたのは、ボサボサの白髪頭とギョロリとした目が特徴の老人「J.ナカオカ」博士。よわい88を数える、素粒子学会の重鎮だ。栗鼠を思わせる口元を歪ませるように、スピーチを始めた。

「諸君。こんな田舎町まで足を運んでもらい、感謝する。さらに諸君の前に顔も出せず、こうして遠方から画像だけで話すことを、謝罪しておく。今さら地球に還る体力も無いのでな。諸君らには高いところから失礼する」

発表者のJ.ナカオカ博士は、IPRI本部にはいない。彼の発表は地球系のラグランジュポイントに位置する宇宙ステーション「エーテルシリウム:Aetherium」から行われた。

古代ギリシャの哲学や科学において、天空の高い場所に存在するとされた神聖なエネルギーや物質名「エーテル(Aether)」から名付けられた宇宙ステーション。エーテルシリウムは重力のない環境で「重力子」の性質を詳細に調査し、理解を深めるために設計された「ナカオカの城」だ。小規模の宇宙ステーションで、博士の助手しか共に暮らしてはいない。

J.ナカオカ博士は30代で初めて宇宙に上がり、エーテルシリウムで研究する初期メンバーとなった。以後50年以上、地球に戻ることなくエーテルシリウムで研究を続けていた。


会議室の科学者たちが座るテーブルには、いくつものモニターと膨大な紙の資料が積まれている。

「諸君らの目の前に置かれた書類は、私の50年に渡る戦いの全てだ。持ち帰って、今後の研究のにしてほしい。私は発見だけで十分だ。これからは諸君が研究を受け継ぎ、様々な研究に生かしてほしい。未来の人類は諸君らのにかかっている」

「努力と根性」

おおよそ科学者らしくない、彼の座右の銘。しかし生涯を「重力子の発見」に捧げ、50年以上も宇宙ステーションで暮らし続けた彼の姿勢は「努力と根性」なしでは語れない。


「前置きが長くなって、申し訳ない。まずは「重力子」の話をしよう。諸君らも知っている重力の正体だ。私から言わせれば『人類を地球の呪縛に捕らえる諸悪の根源』だな」

会場の科学者たちから笑いが零れる。しかし中には悲痛な顔をしながら聞いている若い科学者もいた。50年以上の月日を自由の利かない宇宙ステーションで過ごし、重力子を見つけるために数えきれないほどの実験と検証に明け暮れる日々。自分にもできるだろうか、と自問自答しているのであろう。

モニターには重力子の概要が映し出された。


「重力子(Graviton)」

・定義: 重力相互作用を媒介する素粒子であり、質量がゼロでスピンが2のボース粒子です。

・特徴: 重力子は、宇宙の中核として働き、物体同士の引力や重力場の形成に関与します。質量がゼロであるため、長距離の相互作用に寄与し、重力の力を伝える役割を果たします。


「重力子が何たるか、については多くを語ることも無いだろう。重力子の存在自体は古来より『存在する』と確信されていたものだ。私は発見しただけに過ぎない。重力子を実用化してはじめて、我らは『地球の呪縛』より解放されるのだ。重力子を実用化できるか否かは、諸君らに任せた。健闘を祈る」

目を輝かせながら、ウンウンと力強く頷いている科学者たちだった。



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