第一話 生蕎麦処『こう坂』
「よっと!」
甘めのパスに飛びついてカットする。目の前の子を狙っても行けそうだけど、折角のチャンスは最大限に活かそう。速いパスを外野に送った。
懇親会の終わりを待つ間のドッジボールは、勝手に盛り上がっております。
「チャンスだよ! 杉本くん!」
「オッケイ、任せとけ」
杉本くんの速いアタックで、反転の際に足を滑らせた根岸にボールをヒット。向こうのパスカットの
男子人気ナンバーワンの杉本くんの活躍に、見物の女子の拍手の多さよ……。
いつもの昼休みだと、こんなに見物はいないからね。女子はせいぜい、私の応援のあやのんくらいのもの。まゆりんは一緒に参加してるし。
「今日の懇親会は長いねぇ……」
額の汗をハンカチで拭いながら、まゆりん。だよねぇ……懇親会なんて、いつもは一時間くらいなのに、もう一時間半を過ぎてる。
「途中から、香坂誠也サイン会になってるのかもな。香坂のお父さんが授業参観に来るのなんて、初めてだろう?」
「いつもは、お婆ちゃんが来てるからね。仕事のスケジュールの方が先に決まっているんで、予定が合うことなんて、滅多に無いし」
「じゃあ、香坂も滅多に会えないのか?」
「まさかぁ……そんなギチギチのスケジュールで仕事入れてないもん。お休みの日とかに、ちゃんと会ってるよ。学校の行事とパパの休みが合わないだけ」
相手のパスを避けながら、そんな会話ができる余裕がある。名カットマンが内野にいるといないで、戦況は違うからね。ウチのチームは、私がちゃんと内野に残ってるもん。
身長はちょっと足りないけど、すばしっこさと判断力で、任されてるよ。
隙を見せずに四回パスをさせて、中途半端なアタックをキャッチすれば、今度はこっちの攻撃だ!
と、思った所で、見学の女子たちがわっと動き出す。
懇親会が終わったみたい。
申し訳無いけど、ボールの返却は日直にまかせて、見学のあやのんが守ってくれてたランドセルを背負った。
ゆっくりとパパの車のところへ歩き出す。
「さくらちゃん、まゆりんお疲れ様。やっと帰れるね」
「チェッ。久しぶりに全滅勝ちできそうだったのに……」
「危ない危ない……。今日のさくらちゃん、絶好調だったねぇ」
「パパが来てる日のさくらちゃんは、無敵だもんね」
「そんなことないよ、いつも通りだよ」
「そこはお世辞でも、うんと言っておけよ。さくら……」
慌てて振り返ると、にんまりと微笑むパパ。
チェッ……聞かれたか。悔しい。
あやのんママと、ちょっとソワソワしてるまゆりんママもいっしょだ。
「お待たせ、さあ帰るわよ」
「ずいぶん長かったね? 待ちくたびれちゃった」
「フフフッ……香坂さんがいらっしゃるせいか、張り切ってるママさんが多かったから」
あやのん美人母娘の会話。
家業の剣道道場で鍛えられてるせいか、ふたりとも背筋がすっと伸びてて、ちょっとした仕草が本当に綺麗なんだよね。
もっとちっちゃい頃に誘われた時、剣道をやってたら、私もそうなってたのかな?
防具の独特過ぎるニオイに負けて、体験稽古に一度出たきりでギブアップしたけど。
「てっきり、サイン会か撮影会でもやってるんじゃないかって思ってた」
「大人には見栄ってものがあるの! ミーハー丸出しじゃ、恥ずかしいでしょ」
「ママたちも我慢してたんだ」
こっちはまゆりん母娘。
あっけらかんと言い合って、ケラケラ笑ってる。
やっぱり、母親と娘って似るのかな?
生まれてすぐママが死んじゃって、何の記憶もない私。胸にチクンと。
それでも顔とか、声や仕草、歌声はテレビの懐かしのアイドル番組の映像でおなじみというのが、とても変な気持ち。
私の所は、ちょっと珍しい母娘です。
「何だ……そんなことなら言ってくれれば良かったのに」
お気楽にパパが、車の中からドラマの宣伝用のチラシを見つけて、サラサラとサイン。
ちゃんと日付入りで『まゆりちゃんへ』って書いてある。
娘の新しい友達の名前を、間違えずに覚えてるのはポイント高いよ!
サインしてるのを見て、まわりが騒ぎ始める。
さすがにマズイと思ったのか、パパはさっと車に乗り込んで私をナンパした。
「さくら、せっかくだからちょっと買い食いしていくか? 美味しいメロンパンを食べに行こう?」
「食べたい! それに、ロスのお土産話もたっぷり聞かせてもらわなくちゃ」
リアシートに水色のランドセルを放り込んで、私。
期待をしていた人たちにはゴメンナサイ!
これ以上、久しぶりのパパとの時間を取られるのは嫌だもん。
にこやかに手を振るあやのん母娘と、感激中のまゆりん母娘を残して、ピンクのキャデラックは加速する。
シートベルトをして、車に置きっぱなしの子供用サングラスをかけて……と。
生意気な顔をした娘を見て、パパはニヤッと笑った。
「あれ? 高速に乗るの?」
「おう。行き先はサービスエリアだからな」
「あ……テレビで時々やってる、サービスエリアのメロンパン?」
「そうだよ。……まだ、さくらを連れて行ってなかったなと思ってさ」
「これから神奈川の端っこまで行くのか……。名物って、お高くない?」
そんな所帯染みたことを言うと、パパが舌打ちする。
仕方ないよ、お金の感覚はパパじゃなくて、お爺ちゃんお婆ちゃん寄りだもん、私。
「名物といっても、メロンパンだぜ? ラーメン食うより安いよ。……それに、ほのかが好きで、買ってやると幸せそうに、モキュモキュ頬張ってたんだよ」
「そっか……ママが大好きだったものなら、私も食べたい! ……でも、元アイドルのママに、何でそんな変な擬音を?」
「その頃はまだ、現役のアイドルだったけどな。……なのに、モキュモキュとしか言いようのない食べ方するから、あいつはあ。実際に見れば、さくらも納得するんだろうけど」
「もう、逢えないもん……懐かしのアイドル番組の映像でしか」
当時の映像で見るママ……
ふわふわっとしていて、儚げな感じの……。ママを良く知る人は声を揃えて、『妖精みたいな女の子だった』と言うの。なのに、パパやお婆ちゃんたちの話を聞いてると、時々変なイメージが加わるんだよ。甘いものを与えると、ひたすら一生懸命に幸せそうに食べてるとか……。
そういう変なイメージの方の話を聞くと、逆に会いたいなって気持ちが強くなる。
ちょっと寂しくなってきたから、話題を無理やり変えた。
「ロサンゼルスってどんな所? 今回は何をしに行ってきたの?」
「ロスか……。ディズニーランドがあったり、ハリウッドがあったり……さくらが好きそうな場所だな。でも、今回はレコーディングだ。次のアルバムには、あっちの楽器の音が欲しかったから」
「楽器って、場所で音が違うの?」
「湿度がぜんぜん違うんだよ。ロスは空気がカラッカラに乾燥してるから、湿気の多い日本とは、同じ楽器でも出る音が全然違ってくる。……前の夜に開けたポテトチップスが、翌朝になってもパリッパリだと言えば、さくらにもわかりやすいか?」
それは羨ましい……。ポテチはカロリー高いから、なるべく我慢してるのに。二日に分けても食べられるなら、そんな苦労も必要ないよね。
「わかったような、わからないような……。いいなぁ、私も行きたい」
「中学生になったら、連れて行ってやるよ。ロスだろうとハワイだろうと、な」
「何で、中学生まではダメなの?」
「海外でほっぽらかしてやれば、さくらも少しは、身を入れて英語の勉強をするようになるだろうから……」
「今どきの小学生には、英語の授業があるんだよ?」
「小学生じゃ、単純な挨拶程度だろう? やるなら、身になる英会話を覚えろよ……。英語くらい話せないと、どこにも連れて行ってやれない。でも、先に覚えすぎると、お前はすぐ天狗になって、授業を真面目に受けない所があるからな。中学生になってからが、ちょうどいいんだよ」
ううっ……。その通りだから、何も言い返せない。
不意に、片手ハンドルのパパが右手(アメリカの車だから左ハンドルなの)を伸ばして、私の頭を撫でた。
「な、なによ。急に……」
「さくらは本当に、女の子の友達作らないからなぁ。彩乃ちゃんがいてくれなかったら、どうなってたんだか……」
「男子の友達は多いよ? 女子はいろいろ面倒くさいんだもん」
「そのセリフ! 中学生になったら、反感買うぞ。男に色目を使ってばかりいるとか」
「だから女子は面倒くさいんだよ! ただ、性別が違うだけなのに」
「その性別の違いがはっきりしてくるからだろ? さくらだって、今は胸なんてツルペタだけど、ほのかに似てるなら、将来は有望なんだぜ」
ママはほっそりしてたけど、胸は立派なものをお持ちだったそうな……。
本当に、パパを含む男子って!
でも、ちゃんとまゆりんって子が増えたから良いでしょ?
「あの……まゆりちゃんって子も、メロンパンが似合いそうなタイプだよな。おおらかそうで、ニコニコしていて」
「あぁ、まゆりん見て、メロンパン気分になったんだ! それ、わかる」
「ほのかと違って、パクッって感じで食べそうだけどな」
「その通り! ……気持ち良いくらいに大口開けてパクっといくね。ニコニコしながら」
まゆりんには悪いけど、二人で爆笑してしまう。
明日、パパのお土産のおすそ分けを上げるから、許して!
メロンパンは学校に持ち込めないから、無理だけど。
「十一年生きて、やっと二人目だからなぁ……。ほのかは友達が多い方だったのに」
「私は、狭く深くつき合うタイプなの!」
「男子とは広く浅くのクセして! それだけ聞いてると、とんでもない遊び女だぞ、お前」
「私は小学生だもん! 大人の遊びがドッジボールのことを言うならともかく」
「そんな愉快なカップルばかりなら、ラブソングなんて作れねーだろ!」
そんなこんなで、サービスエリアに到着。
「えっと……メロンパンは下りだっけ? 上りだっけ?」
「今はどっちでも売ってるけど、元祖のお店は下りだよ。ついでに言うと、いろいろ種類が増えてる中で、ほのかが好きだったのは一番シンプルなやつ」
「アハハッ。いかにもママらしい!」
迷うことなく足を進めるのは、何度も来てるからだろうなぁ。
ちょっと後ろを遅れないように付いていく。
いつもより少しゆっくりした歩き方は、隣りを歩いていただろうママの為? そう思うと、何だか頬が緩んでしまう。
「お土産分は……彩乃ちゃんの家に五個入り二つと、家にひとつかな?」
「うん……まゆりんの所は、まだパパ慣れしてないから。って、デカっ!」
スーパーで売ってるのより、一回り大きいよ。
それに、何で買い食い用に全種類を買うかな? そんなに食べられる?
「いや、このあと上りのサービスエリアにも行って、そっちのお店でもひと通り買うつもりだが?」
「無理っ! 無茶っ! 無駄っ!」
「大丈夫。なんだかんだ言いながら、幸せそうにモキュモキュと一個半を食べきった妖精さんをひとり知ってるから」
「ママ……何か、目に浮かぶよう」
「一応全部味見して、自分の好きなのを見つけておけよ。東名はよく使う道だから、その内にまたお土産に買ってきてやれるしな」
「でも、味見だけじゃもったいないよ。お婆ちゃんだって、そんなに食べられないし」
メロンパンは、何日くらい賞味期限があるのか?
調べようと思ったら、パパがウインクする。
「味見のは半分に切っておいて、半分は
「そうなの?」
でた。時々チロッと出てくる、あやのんママ情報。
私やあやのんが生まれる前からの知り合いらしいんだけど、どういう関係なのかは『美智香さんが、ナイショにしろと言うから』と白状しない。
恋愛関係? ではないことは、ママとのアツアツぶりからもわかるんだけど。
でも、そのおかげで私はあやのんという大親友を得たのだから、何の文句もないよ。
パパがお会計をしてる間に、飲み物コーナーへ。
パパ用のドリップされたブラックコーヒー(缶コーヒーは不可)二つと、自分のひんやりサイダーを買って、合流。
さすがに周りが騒がしいので、イートインコーナーの利用は無理です。
「あの娘、きっとさくらちゃんだよ。……本当に涼原ほのかそっくりだぁ」
なんて声まで聞こえてくるもん。
どうして私の名前まで知ってるかなぁ……普通の小学五年生なのに。
芸能ニュースって、怖いです。
今でも語り草の大スキャンダルを起こした、パパとママのせい!
一度サービスエリアを出て、外を回って上りのサービスエリアに入り直す。
今度は二軒のお店で全種を爆買いだ。ちょっと、お金持ち気分で快感……。
車に戻ってのお食事タイム。
無性に聞きたくなって、カーステレオにママのカセットテープ(!)をセットした。車が
「なんだ? ママが恋しくなったか?」
「違うよ……。せっかくだから、ママも一緒に食べようって思っただけ」
「そっか……」
それ以上は追求しないのが、パパの優しい所。
ママを一番恋しくなってるのは、パパの方かもしれないけどね……。
ママのサードアルバムは、全曲パパが作編曲した大ヒットアルバム。
パパに教わりながら、ママのメロンパン、モキュモキュ食べの技を練習してみたけど、全然上手くできなかった……。
☆★☆
「すっかり遅くなっちゃったね。もう真っ暗だよ」
「なに言ってんだ? ……大人には、夜はこれからって時間だぜ」
「私、子供だもん。小学五年生!」
「どうせすぐに大きくなっちまうくせに……」
吾妻橋を越えて、やっと墨田区に帰って来られた。
帰りの渋滞も、パパと話してると笑いっぱなしだったから、あっという間。
お爺ちゃん、お婆ちゃんたちへのお土産分のメロンパンを、早くもお腹をすかせたパパから守ってる内に、裏通りの町並みに。
私が住んでいる、パパのパパ……お爺ちゃんがやってる生蕎麦処『こう坂』の看板が見えてきた。
お爺ちゃんが五代目っていうから、歴史は古い。
パパがこれだから、六代目は募集中……という事になるのかな?
「ただいまぁ! 遅くなってごめんなさい!」
「さくら! 営業時間中は店の方から入ってくるなと言ってるだろう」
「ごめんなさい……。少しでも早くって思って」
気を利かせたつもりが、おじいちゃんのお小言!
大失敗だぁ……。
「別に良いだろう? 客もいないし、あと三十分で閉店。もうラストオーダーの時間なんだから」
「何がラストオーダーだ? ウチはそんな気取った店じゃねえんだよ。お客さんが来て下さって、注文があれば、断ったりしねえんだ」
「その客がいないんだから、注文も無いって。……久々に一人息子が帰ってきたんだし、もう
「勝手なことをすんな!」
帰って来るなり、もうこれだ。
パパとお爺ちゃんは、本当にすぐケンカになる。
「まあまあ、お爺さん。表の車を見て、誠也のファンに押し寄せられても困っちゃうでしょ。今日はもう店じまいにしましょ」
「あんな派手な車乗ってるからだ。営業妨害だぞ」
「デカいから、荷物もいっぱい詰めるんだよ。ロスの土産やら、洗濯物やらあるから、先に降ろしちまおう。……さくら、手伝え」
「うん!」
「どうせお土産より、洗濯物の方が多いんでしょ? 困った子だねぇ」
私とパパが、リレーで荷物を降ろしている間に、お婆ちゃんはさっさと暖簾と
お婆ちゃんの決定に、お爺ちゃんも逆らえないのか、舌打ちしてエプロンを外した。
やっぱり、香坂家はお婆ちゃんがいないと回らないね!
☆★☆
「ママァ……お土産増えたよ。さっきのはサービスエリア土産のメロンパンで、今度はロサンゼルス土産のクッキー」
お風呂から上がってホカホカの私は、仏壇のママにもお土産を配る。
うん、甘いもの大好きだったらしいから、きっと喜んでる。
お線香の匂いといっしょに居間に戻ると、パパに捕まって抱き上げられてしまった。
「その格好のさくらを下から見ると、パンツ丸見えだな」
「見ないでよ! エッチ!」
昔パパのマンションに泊まった時、パジャマ代わりに誰のだかわからない女性用ティーシャツで寝て以来、そのスタイルが気に入っちゃった。
お爺ちゃんたちは嫌な顔するけど、すごく楽なんだもん。
大人サイズだと、ダブダブのミニのワンピみたいで。
今日はロサンゼルス土産の新しいティーシャツで、ゴキゲンだったのに!
「何でそんな、三ドルとか五ドルとかでワゴン売りしてる観光ティーシャツで喜ぶかなぁ? ほのかにそっくりなんだから、もっとブランドファッションでも似合うだろうに……」
「子供はすぐ大きくなるんだから、普段着で使い潰せる服の方が良いもん。ママだって、そんなにブランド物とかを欲しがる人じゃなかったんでしょ?」
「お……おう……」
「それに、わかりやすく『ハワイ』とか『ロンドン』とか書いてある方が、学校でも自慢しやすいんだよ」
「まったく……誰に似たんだか」
「ほのかちゃんはお菓子だろうと、靴下だろうと、何でも喜ぶ娘だったね」
しみじみとお婆ちゃん。
私のママ、
ひょっとして、私より貧乏くさかった?
「ほのかが嫌がったプレゼントって、ミヤマクワガタくらいだもんなあ……」
「ミヤマクワガタって虫でしょ! パパは何を考えて、そんなキモチワルイ物をママにあげたのよ!」
「あのなぁさくら、ミヤマだぜ! クワガタの中でもめったにいないヤツだぜ! 夜にバイクで走ってたら、服にくっついたから……ほのかの胸に付けてやったのに……」
「……泣かれたでしょ?」
「まあ……な……」
どうしてそこで、不思議そうな顔をするのかわからない。
ママを知ってる人が口を揃えて『妖精みたいな女の子』って言う。そんな女の子の胸に、虫なんて付けたら泣くに決まってるでしょう!
せめてホタルなら、ロマンチックかも知れないけど……。
パパのあぐらの上にちょこんと座ってる私は、それこそ不思議でパパの顔を見上げた。
「何でママも、こんな人と結婚しちゃったんだか?」
「いや、見る目はあるぞ? ……ちゃんと、こうしてさくらを遺せたんだから」
「そうだねえ……さくらが生まれたの、ほのかちゃんが一番喜んでたものね。ママそっくりなのに、誠也の元気さそのままで」
お婆ちゃんが、目を細めて私を見る。
私はママ方の親戚って、ほとんど会ったことがない。
身体の弱い人が多い家系らしくて、ママの両親もずいぶん早く亡くなっている。
『私がいたことを、一人でも多くの人に覚えていて欲しいから』
という重すぎる理由で、性格的に似合わないアイドル歌手を目指したそうな。
そのおかげでパパに出会えて、私が生まれて……。
ママ……ちゃんと幸せな人生だったのかなぁ?
「おい、面倒くさいから、風呂入っちまえ」
「オレは最後でいいや……母さんが先に入っちゃって」
湯上り、パンツ一丁のお爺ちゃんが、どっかりと座る。
今日は私の帰りが遅かったから、早寝の私に一番風呂をゆずってくれたんだ。
お婆ちゃんは手早くビール瓶とコップふたつ。お刺身を出してから、お風呂場に行った。
しかめっ面同士でビールを注ぎ合い、グラスを鳴らす。
「……ほのかちゃんの話か?」
「ああ……さくらの顔を見ると思い出しちゃうから。何のお土産もらっても、喜ぶヤツだったなって話」
「ほのかちゃんを奪ってきたのは、お前にしちゃあ上出来だ」
ぶっそうな言葉が出ておりますが、パパとママは仕事をぶっちぎって駆け落ちして、結婚してます。
ロックスターとアイドルの世紀の大スキャンダル!
実は、ママの余命が危ないことになったと知っての大作戦だったそうな。
駆け落ちして、結婚して、私が生まれて、ママが亡くなるまで、たったの三年。
短すぎるロマンスだよね……。
復帰後のパパはものすごい勢いで、それまでの人気をはるかに飛び越えたばかりか、俳優業にも手を出して、今や日本を代表するスーパースター。
二人の娘である私も、事件と一緒に意外と知られてるんだって。
わかる人は、ママそっくりな顔を見てすぐにわかっちゃうくらい。
うれしさ半分、めいわく半分。
「もうちょいなぁ……せめて、小学校の入学式くらいは見せてやりたかったのに」
「今だって、どこかで見てるに決まってらぁ。自分が点滴を打ちながらでも、さくらの側を離れなかった
「だから、ママの遺影の写真って、心配そうな顔をしてるのかなあ?」
つい口を挟んだら、大笑いされた。
元アイドル歌手なんだから、もっとカワイく笑ってる写真とか、いっぱいありそうなのに……。
「あれはな……さくらがまだ、ほのかちゃんのお腹にいる時に撮った写真だ。一番幸せな顔してるはずなのに。……そうか、さくらには心配そうに見えるか?」
それは芸能ニュースでも流れてないし、初めて聞いたよ?
私には心配顔に見えるんだけど、あの写真……。
もう半分寝てた私は、いつの間にか夢を見ていたみたい。
学校で、あやのんたちとはしゃいでいたり、ドッジボールをしていたり、授業で先生にさされて答えに困ってたり。
そんな私のななめ上に、蝶々の羽根をつけたママがヒラヒラ飛び回りながら、心配そうに見てるの。
私が『大丈夫だよ』って、手を振ってもまだ、心配そうで……。
どうしたら幸せそうに笑ってくれるのか、考えてたら目が覚めた。
いつものお布団で、夕べはここに泊まったパパがとなりにいて。
私はすっかり、パパの抱きまくらにされていて。
なんだかとても幸せで、パパの腕から脱出するのに時間がかかりすぎて、おばあちゃんがわざわざ二階まで起こしに来ちゃった。
……ごめんなさい。
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