十六話(エピローグ)

「・・・」

「ふふふ。晴乃お得意の勿体つけてるカンジ・・?」

「いや、違うし。・・・てかさ、分かってんだろ?」

「・・・」

「俺が気持ちの揺らいだっていう相手。特別な感情を抱いていた人のこと」

「・・・うん。多分そうなんだろうなって。やっぱりあの子だったか。メッチャかわいいもんね」

「どうしてこんな事訊くの?」

「知りたかったから、かな。あたしと別れてから、あなたがどんな想いを抱いていたのか。どんな風に気持ちが変わっていったのか、とか」

「そうですか」

「・・・で、彼女のどんなところに惹かれたの?」

「随分と突っ込んでくるな。そこも訊く?」

「うん。もうこの際教えてよ。その代わり、こういった質問は本日で最初で最後とします」

「本当?」

「本当です」

「・・・」

「約束します」

「・・・」

「晴乃が喋ってくれるまで、あたし、待ちます」

「・・・」

「・・・」

「・・・似てた、からだよ」

「似てた・・・。あたしに?」

「そう。半分は。彼女の雰囲気や顔立ちがそっくりだった」

「そうなんだ。・・・ところで半分っていうのは?他の誰かにも似てたの?」

「もう半分は・・・。ずっと前に話した北海道大学に進学したって人の事を憶えてる?」

「・・・ああ。晴乃が予備校に通っていた時に知ったっていう人?」

「そうそう。その人のキャラに、彼女はそっくりだった」

「・・・そっか」

「これでもう満足すか?」

「・・・じゃあ、彼女のほうが晴乃にとって完璧な女性だったんじゃない?理屈的に」

「それは違う」

「ほう。即答ね。しかも目が真剣」

「半分ずつ似ていた彼女に惹かれなかった、というのは確かに嘘になる。けど・・・」

「『けど・・・』?」

「結局、俺はその似ている基となるものをずっと求めていたんだと思う」

「『似ている基となるもの』?・・・つまり二人、を指すのかな?」

「京子だよ。俺が真に求めていたのは京子のほうだ」



 飛行機の音に反応して、私達は反射的に空を見上げた。そこには雲一つとない、澄んだ青空が広がっている。日本は冬だけれど、ここニュージーランドは夏になる。今日の日差しは結構強い方かも知れなかったが、この小高い山の上は心地よい爽やかな風が吹いていて、とても快適だった。でも、紫外線は強いから気を付けなくちゃ。ふとそんな事をふと思ったりする。


 私は隣に座る彼に、自分の手をそっと添える。彼の手は温かかった。リラックスしているのか。それともまだ眠いのかな。そんなことを想いながら、彼と一緒に空を見上げていた。少なくとも今のこの瞬間の彼は、不安や緊張感に包まれてはいない。それは確信できた。

 結婚前、私が彼に行った告白によって、彼にどんな影響を与える事ができたのか。それについては、深くは追及しなかったけれども、良い方向に物事は運んだのだと思うようにしている。

 

 始めてだった。男性という生き物に対して。心の奥底までさらけ出すことなんて一生無いと思っていた。


 心の奥底に

 忍ばせた感情に

 穏やかな笑みと脈を打つ



 人は誰しも万能じゃない。傷や憂い、後ろめたさなど、何かしらの瑕疵を抱えながら生きているのかも知れない。時間が経てば、淡く薄れて色褪せていくけれど、完全に消え去る事もない。身体の奥底に根を下ろしていって、知らず知らずの内にその後の物の見方や感じ方、生き方へと浸透していくのだろう。

 

 それが心の場合、他の人にはなかなか見えにくい。見えにくくて理解されないまま、一生を終えてしまう事もあるのかも知れない。

 でも私は知った。自分の振る舞い次第で、傷に向き合い、立ち向かう機会に巡り会えるという事を。

 だから、その機会を与えてくれた彼に、この言葉を捧げよう。彼にとっての真の理解者で在り続けるために。


「ねえ、晴乃」

空を仰ぎながら、口を開く。

「何?」

彼もまた、空を見上げたままだった。

「好きよ」

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