十一話

「うん」

遥は、迷わず頷いた。彼女は真っ直ぐと、手摺よりも外の眺めに視線を送る。

「お母さんがこの人だって決めた人なら、あたしは納得」


 しばらくの間、沈黙が続いた。風の音だけが、音として認識され、周りに居る人達の声は二人には届かない。

「元カレさんは・・・、それで良いと思ってないよね?」

晴乃は呟くように、そして唐突に沈黙を崩壊した。

「良いとは思ってない、かな」

「いいの? 本当にそれで。自分の好きな人と結婚することが、幸せの内の一つだと俺は思うんだけど」

「あたしもそう思ってたけど・・・。現実の結婚はやっぱりそうじゃないみたい。お互いの家柄とか絡んでくるし。うちの両親が前の彼の家の事情を、あまり良く思ってなかったから」


 それに、と遥は手摺の下の網目を両手で掴みながら、続ける。晴乃よりも身長が小さいので、網目の位置が何かを掴むのに最適な高さだった。

「あたしの部屋に遊びに来た時にね、あたしがどおしても一人きりになりたいって言ったのに、彼は放っておけないって言って帰ってくれなかったの」

土下座してまで頼んだの。今日は本当に申し訳ないけど帰ってくださいって。と、ついでのように付け足した。


「マジすか」

「マジです」


 晴乃は思わず吹き出してしまった。複雑な意味を込めた笑みを浮かべている。

「で、西野さんはどうしたの?」

彼、帰らなかったんでしょ? 晴乃は言った。

「そうなの。しょうがないからベッドの上で布団を頭から被ってた。ずっと」

「ははは」

晴乃は無邪気に笑った。それでそれで? と、彼女に話の先を促す。

「しばらくしたら、一人きりになりたい気持ちがだんだんと納まってきて。布団

から起き上がったら、いつも通り彼と話してた」


「そうなんだ」

「そうなのです」


だから、

「今は別れて良かったと思ってる。このままズルズル付き合っていても、お互い

のために良くないし。親もね、地元で結婚しなさいって言ってるから」

「それで、九州支社の方に異動申請したんだ」

晴乃は、彼女の意図を噛みしめるように、頷いた。

「うん。前も言ったかもだけど、あたし、実家は九州だから。会社まで電車で三十分くらいだよ」


 遥は手摺の先を真っ直ぐと見据え、微笑した。

「 親が決めた相手と結婚することに、抵抗、ない?」

しつこくてゴメンと付け加えつつ、晴乃は確かめるように訊いた。

「してる。親のこと好きだし。特にお母さんは。お母さんとは毎日電話してるの」

遥の返答に、躊躇いはなかった。


「左様でございますか」

「左様でございます」


 昔はね、と遥が話を続ける。

「好きな人と結婚して、子供を三人産んで、毎日ダラダラと過ごすのが夢だったんだけれど」

今は、

「子供三人産んで、今の仕事もしっかりと続けることが、夢かな」

人の気持ちって、月日が経てば変わっていくものだよね。と、彼女は補足したのだった。

 

 前者については、同じような事を言っている人が他にも居たような・・・。そんな想いに駆られながら、晴乃は前方にそびえるビル群をぼんやりと見つめていた。

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