八話
彼は遥を真っ直ぐに見つめた。
「さっきも言ったけど、満足できなかったから、かな」
晴乃は彼女の意図を了解していたから、遥が何か言いかけようとするのを制し、話を先へと続けた。
「彼女が俺に、彼女自身のことを語らないから。語ろうとする意志を感じ取れなかった、から」
彼は、水平線を見つめ、遠くを見つめる眼差しになった。
「俺は、自分自身を彼女に曝け出す度に、彼女のことをもっと知りたいと思うようになっていったんだ。それって自然な事じゃん?」
けど・・・、
「そのことを彼女自身に訴えても、彼女は変わらなかった。彼女自身のコアとなる部分については、決して多くを語らないんだ」
いつしか俺は、
「そんな彼女に対して、不安を募らせるようになっていった」
俺は、
「彼女をもっと理解したかったんだ。仮にもし、過去に何かがあって、彼女が重荷を背負っているのだとすれば、それを少しでも共有したかった」
それぐらいの覚悟はあったよ。と、晴乃は一気に語った。
私が、晴乃に対して自分を語らないことで、彼の不安感は終わりなき膨張を続け、虚無感を伴いながら彼から安心感を奪い続けた。それはいつしか、彼が自身を語ることで得られる安心感をも凌駕していった。
心の疾患は、時として常人には理解し難い現象を生む。疾患という表現は多少大袈裟かも知れないけれど、どんな人間も顔や身体的特徴が違うように、心にも独自の特徴を持っている。
『生きる』という過程で、自身の外部と内部からの影響と遺伝により、時としては傷、或いは癖として蓄積し、形成されていく。本人が意識しているにしても、意識していないにしても・・・。
辺りは本当に静かだった。今井ちゃんは、手にしていた小枝で砂浜に落書きをしていた。やがてそれにも飽きてくると、徐に小枝を放り投げたのだった。海風に煽られた小枝は、加奈さんの足元へと着地した。
「結局俺は、彼女に別れを告げることにした」
晴乃は穏やかに笑って言った。どこを見つめる風でもなく。
「彼女は特に動揺していた様子でもなかった。勿論、本心がどうだったのかは分からないよ。でも、彼女は不思議な人でね」
最後にこう言ったんだ。と、晴乃は深呼吸をした。
「『消えない傷でも、綺麗でしょ?』」
いつかそう言える日がくるといいな、って。
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