四話

「で、晴乃にとっての『理解者』がどうした? それは君の中で実際に存在するのかい?」

 晴乃は一瞬の思案顔。

「存在するよ。一人だけじゃなくて何人も。健史先生だってその内の一人さ」

ごめん、また名前の後に先生付けちゃった、と晴乃は同僚に詫びた。

「そいつはどうも。光栄です」

同僚はまたも微苦笑。


 アイリッシュ・クリームが晴乃の元へと運ばれた。薄い茶褐色をした液体を、晴乃は口の中に流し込む。程よい甘さが口いっぱいに広がった。

「彼女も、間違いなく『理解者』の一人だった」

晴乃は、徐に呟いた。

「明後日の結果次第で、また現在形に戻ると思うけどね」

隣の相手も連られたように呟く。


「そういう意味とは、少し違うんだ」

晴乃は言いながら、ゆっくりと首を横に振る。

「彼女は確かに、『理解者』ではあるんだ」

でも、

「どう表現すれば良いかな・・・。彼女は『理解者』であり、なお且つその先に位置する存在なんだ」


「ははは。晴乃らしい言い方」

健史先生は笑い声を上げる。

「俺流の『理解者』だけど、その先に位置する人は、自分にとって一体どういう存在なんだろうな、って。そんなことを考えてたって訳よ。最近」

晴乃は微笑んだ。若干の恥ずかしさを伴わせながら。

「なるほどねえ」

元同僚は、レッド・アイを一気に飲み干した。

「『理解者』の先に位置する『理解者』、ですか。真の『理解者』ってことになるのかねえ」


 つーかさ、と、彼は続けざまに晴乃に向かって呟く。

「よっぽど好きなんだな、彼女のこと」

「・・・」

「なに照れてんだよ」

同僚が晴乃の肩を軽く叩いた。

「そんなに好きなら別れなければ良かったのに」



 同僚の発言に対し、少しだけ晴乃の表情が曇る。しかし、すぐに笑みを取り戻してから言った。

「あの時の、俺の心の状態を説明するのは今でも難しいよ。とにかく、不安とか虚無感とか、焦燥感に支配されてた、かな」


 彼は、アイリッシュ・クリームを口いっぱいに含ませる。

「にしても、あんな美人さんをフるとはねえ。確かに、そんなに色気があるタイプでは無かったし、化粧気もなかったけど。・・・でも見方変えれば、それだけであの美貌だからなぁ」

 まあ、性格もちょっと変わってたけどな。そう言い終えると、同僚は新たにX・Y・Zを注文した。



「性格が変わってたのは別に問題じゃないし、彼女の個性だから」

「分かった分かった。ムキになるなって」

「彼女の自然な意志じゃなくて・・・、全てとは言わないまでも、ある程度が彼女の外側から強制されちゃった個性だからさ」

「・・・あ? どういうことだ?」

訝しながら、健史先生は晴乃の横顔を見つめていた。

「あ、ごめんごめん。何言ってるかよく分かんないよね」

晴乃は慌てて取り繕う。

「まあ、いいけど。・・・とにかく、色々あったんだな」


 しばらくすると、健史先生の元へX・Y・Zが運ばれてきた。彼は静かにそれを口にする。相手があまり言いたくないことに関しては、深く追求してこない。それがこの元同僚の良いところだと、晴乃は改めて思ったのだった。

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