三話

 今度は晴乃が空になったグラスを掲げる。

「アイリッシュ・クリームをお願いします」

バーテンダーが笑顔で注文に応じた。

「なかなか洒落たもの飲むんだな」

健史先生は、意外だと言わんばかりの表情を浮かべている。

「ウィスキーに生クリームをブレンドしたリキュールで、とろける甘さとやわらかい香りが特徴だよ」

「ふうん」


 晴乃の説明に、同僚はなおも意外そうな表情を崩さない。

「そもそも晴乃って、酒好きだったっけ?」

「好きじゃなかったよ。けど、社会人になってからはわりと嗜むようになった」

同僚の顔は次第に納得顔へと変わり、

「なるほどね。環境が変われば、趣味や好みも変わるって訳か」

と、前を向いて呟いた。

「健史先生は変わらないよね」

晴乃の発言に対し、その元講師は、

「それが俺の良いところでもあり、悪いところでもある」

と、微苦笑を浮かべた。

 

 しばらくの間、沈黙が続く。晴乃と同僚の二人はそれぞれ物思いにふけっていた。スピーカーからはピアノの旋律が奏でられている。

「最近さ、考えてることがあるんだ」

沈黙に終止符を打ったのは晴乃の方だった。

「お、来たか。今度は何を考えてるんだ?」

同僚はニヤリと笑う。

「『理解者』ってどういう人を指すのかな、って」

「出たー」

そういう系の話題、と言いながら健史先生は愉快で楽しそうだった。

「で、晴乃の中ではどういう人なんだ? その『理解者』ってのは。俺に語ってくるってことは、既に輪郭は掴みかけてるんだろ?」

同僚の問いかけに対し、晴乃は口元を吊り上げる。

「そんなに難しい話じゃなくてさ」

と、前置きを入れてからカウンターの向こう側を見つめると、再びシェイカーが揺られていた。


「相手のことを想い続け、分かろうと努力し続ける人のこと。そんな風に俺は考えてるんだよね」

晴乃は同僚の横顔に向かって語りかける。

「・・・なるほど。それは納得」

彼は前を見据えたまま首を縦に振った。


「なお且つさ・・・」

晴乃の持論展開は更に続く。

「自分の中で定義付けした相手の特徴を、日々更新して、受け入れることのできる人」

それこそが『理解者』だと思うんだ。と、晴乃は締めくくった。

「・・・ふうん。なんか後半はシステマティックな表現だな」

「やっぱりそう思う?」

職業病かな。と、晴乃は片頬だけで笑みを浮かばせる。

「でも、ま、大方は賛成だ」

晴乃の理解者になるにはハードルが高そうだな。と、同僚は意味を嚙みしめるようにゆっくりと頷いた。

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