二話

「マジで会いに行くのか?」

それにしてもまた突然だな。と、かつて塾講師のアルバイトで一緒だった晴乃の同僚が、カウンター奥を見つめながら呟いた。

「正直いって俺もびっくりした。ここのところ、驚きの連続だ」

「休みだってよく取れたよな」

「そうだね。ちょうどプロジェクトが落ち着いて暇だったから」

「じゃあ、本当に良いタイミングだったじゃん」


 元同僚はカウンターの奥に居るバーテンダーに向かって、空になったグラスを掲げた。

「レッド・アイを」

バーテンダーは、晴乃の同僚から笑顔でグラスを受け取った。

「正直、躊躇まよったよ」

まあ、薄々予想はしてたけど。晴乃は言った。

「例の、晴乃の同期のコか」

晴乃は静かに頷く。



 JR柏駅の東口を出て、家電量販店の大型ビジョン右手にあるエスカレーターを下る。スクランブル交差点を直進し、左手にある脇道に入ってからしばらく進む。

 途中の右手の脇道に入ると、その建物が姿を現す。二階建てのこぢんまりとしたつくりで、一階がカフェ、二階が晴乃達の居るバーとなっていた。


「で、まだ好きなわけ?」

同僚はそう言うと、の名前を口にする。

「う~ん、よく分からない。健史先生はどう思う?」

「いや、俺に訊かれても。ていうかさ・・・」

健史先生は、軽く咳払いを挟んでから困ったような笑顔を浮かべた。

「名前の後に先生をつけるのはやめろよ。もう塾の先生はとっくに卒業してるしさ」

四年も前に。

「ごめん、分かってはいるんだけど。癖なんだよね。ずっとそうやって呼んでたから」

晴乃は苦笑した。


「・・・まあ、いいや。でさ、話を戻すけど」

かつて仲間だったその講師は、晴乃の横顔に向かって語りかける。

「お前はまだ彼女のことが好きだよ。間違いなく。だってさ、現にずっと引きずってるだろ?」

 晴乃は、カウンターの奥で揺られるシェイカーを黙って見つめていた。

「やっぱそう見える?」

シェイカーからグラスへと赤色が滴る。

「そりゃあ、ね。自分に素直になれって」

レッド・アイが健史先生の元へと運ばれて来た。

「これまで生きてきて、あれ程に自分自身をさらけ出すことのできた人は・・・」


 喋っている途中だったけれど、少しの間ができた。想いを整理しているためか、もったいをつけているのか。あるいはその両方かも知れなかった。

「居ないね」

「・・・随分間を空けたな。変わってないね~」

そういうところ。と、健史先生は顔を綻ばせるとグラスを手に取る。

「でも、決まりじゃん」

笑いながらレッド・アイを口に含ませた。


「しかも、彼女の方から連絡を取ってきたんだろ? 晴乃と話がしたい。告白したいことがあるって」

再び晴乃は静かに頷いた。


「彼女もお前のことが忘れられなかった」

という事だと思うけどな、俺は。彼は付け足した。

「そうなのかな」

晴乃が彼の方を向く。

「じゃなきゃ、五年も経って連絡してこないって」

元同僚も晴乃を方を向き、ニコリと笑った。

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