十一話

 しばらくの間、晴乃と遥との会話は、同期内でのカップルの話題や、八月の配属先についてなど取りとめのない内容だった。ところが、次第にお酒が回ってくると、

「男の人ってさ・・・」

と、遥が徐に切り出してきた。彼女のその言い方は、晴乃にはどこか余所余所しく感じられた。

「男の人が、どうかした?」

晴乃が遥の横顔に視線を向ける。彼は彼女の左側に座っていた。

 

 遥が沈黙する。晴乃は、黙って彼女を待つ。その間、グラスの側面を両手の親指で擦りながら弄んでいた。

「男の人は、」

彼女は言葉を区切り、少し俯いた。

「やっぱり一人の女の人だけじゃ、満足、できないのかな?」

意を決し、言い切った様子だった。

「え?・・・どういうこと?」


 晴乃は思わず訊いたが、すぐにその意味を理解した。そして、遥の悩みの大方の理由をも、理解する。

「彼氏さん、のこと?」

「うん。そう」

遥が頷いた。

「もしかして・・・浮気された、とか?」

「ううん、違うの。浮気とは違う。多分だけど」

遥は首を振ってから言い直した。

 


 晴乃は、再び思考しなければならなかった。彼女の話したい事と言うのは、十中八九、彼氏の浮気のことではないかと思ったからだ。

 遥は俯いたまま、グラスの中に視線を注いでいる。時間にすればほんの十数秒の間だったが、晴乃にとっては長い沈黙が続いた。

「その、なんて、言ったら良いのかな。男の人同士で、飲んだ後とかに行ったりする・・・」

先に沈黙を破った遥は、歯切れが悪そうだった。どこか躊躇していて、そこから先の言葉は口にしたくない様子だった。そんな彼女の横顔を眺めていた彼は、

「ええと、キャバクラやスナックとか?」

と、遥の心境を慮った。



「そういうところは、まだお話するだけでしょ」

「・・・」



晴乃は黙ったが、次の瞬間には、

「あ」

と、声を漏らしていた。彼女の発言により、晴乃は悟ったのだった。

「風俗かい」

「・・・」

無言のまま彼女は、コクンと頷いた。

 


 晴乃は思った。西野遥は、自分が思っていた以上に純粋な人である、と。二十代の前半から後半にさしかかる頃。このぐらいの年齢になれば、恐らく大半の男女は互いの異性事情を何となく了解している。勿論、遥自身も少なからず分かってはいるはずだろう。けれど、いざ自分がその当事者となると、話は別なのかも知れなかった。

「そっか・・・ 」

それで、と晴乃が続ける。

「彼氏さんと喧嘩しちゃったってこと?」

「・・・」

無言のまま、再びコクンと頷く。そして、

「昨日の夜は、久しぶりに大喧嘩しちゃった」

と、自嘲気味な笑みを浮かべた。

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