九話

「この間、SNSで見てたんだけどね」

京香が前置きする。晴乃の告白に対し、彼女の発言は何の脈絡がないように思われたので、一瞬彼は訳が分からなくなった。

「恋人と長続きするにはね、これは結婚を前提にしての話なんだけど、四つの相性が合えば良いんだって」

そう言うと彼女は、自身の胸の前で四本指を立てた。

「へえ、気になるな」

流言飛語の類ではないことを祈る。


「一つ目はね」

言いながら、京香は人差し指を折って、

「顔、なんだって。まあ、これは殆んどの人がそうよね。好みにもよるけど」

と言って、さらっと流す。続いて、中指を折った。


「二つ目は、雰囲気、なんだって」

「なるほど」

晴乃が頷く。雰囲気、というのはなかなか新しかった。

「雰囲気って、例えばどんなカンジなの?」

素直な疑問を口にする。

「そうねぇ。波長みたいなものかしら」

「波長?」

「うん、そう。波長」

「はあ・・・」

釈然としないながらも、彼は曖昧な相槌で彼女に応える。

「ふふ。まぁ、何て言うか、一緒に居て気まずい空気を感じなかったり、不自然さのない空気感かな~」

「う~ん、なるほど。お互いにずっと無言で居ても、お互いに全然気にならない関係、みたいな・・・?」

「そうね。そういうのも、ある」

それでね、と京香が話を続ける。


「三つ目はね、心、らしいわ」

「ふうん。要は、相性ってことだよね」

晴乃が訊くと、

「そうそう。これは当たり前じゃん、て感じよね」

と京香が首肯する。それから彼女は、残っていた小指を折った。

「それでね、最後なんだけど・・・」

ここへきて彼女は、一瞬の躊躇を見せる。


「四つ目は、体、みたい」

「体?」

晴乃は思わず訊いた。

「そう。何のことを言っているのかは、分かるわよね。お互い、もう大人だし」

頬を赤らめながら、彼女は言った。お酒のせいかなのか、恥ずかしさからなのか。彼には判別できなかった。どちらも、かも知れない。

「そうなんだ」

でも、と晴乃は続ける。

「四つも条件をクリアしなければならないなんて、結構難しいんだね」

「そうね」


 でも、と京香が晴乃を真似る。

「それだけの条件を満たした相手なら、きっと末永く一緒に居られそうよね。幸せだと思う」

それを聞いた晴乃は、微笑みを浮かべると、

「確かに」

と言って、テーブルにあった自分のグラスを取る。京香もテーブルへと手を伸ばした。

「またいつかご縁で巡り合えると良いね。梅酒ロックが好きな元カノさんと」

彼女は梅酒ロックの入ったグラスを、晴乃のグラスと合わせた。

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