八話

「ごめんごめん。でも、今日の男の子の中では一番かっこいいよ」

彼女が取り繕うように言った。

「そうかな。敏也のほうが全然ワイルドでかっこいい気がするけど」

これは晴乃の純粋な本心だった。が、結局、ありがとう、と最後に付け足した。


 京香が考える素振りを見せる。少しの間の沈黙。

「なんて言うか、顔立ちがすごく綺麗よね。鼻梁の線なんか、特に。中身は、ちょっと変わってる気がするけど」

晴乃を真っすぐに見つめながら言った。晴乃は少し視線を逸らしながら、

「・・・そうすか。何かすみません」

と、笑いながら陳謝する。

「ふふ。別に謝らなくても良いけど。むしろ褒めてるんだから」

「すみません」

また謝ってしまった。京香はそんな晴乃の様子を見て、更に笑い顔をつくった。



 またも、晴乃と京香の間に沈黙が続く。彼にとってはあまり居心地の良いものではなかったが、彼女の方は全く気にしている素振りは感じられなかった。なので、彼も特に気にしないようにした。

「サワダ君は好きな人、居るの?」

「・・・特に、居ないけど」

晴乃は、あくまで自然体で居ることを心掛ける。

「ふーん」


京香はあまり納得がいかない様子だった。

「なぜ突然に?」

そんな質問をするのか。と、心の中で思った。しかし、彼女はその疑問には答えることはなく、

「なんかそんな風に見えない」

と言い、グラスの中に残っていたビールを一気に飲み干した。

「京香、何か飲む?」

向かいに座る茜が、気を利かせて訊ねる。

「じゃあ、梅酒ロックを」

空のグラスを傾けながら、京香は微笑んだ。



 程なくして、梅酒ロックが運ばれてきた。ふと思い返すと、これまではずっと男性店員が注文の品を運んで来ていたが、今回初めて女性の店員がこの個室に現れた。女性店員用の法被は、男性のものとは違ってところどころに刺繍が施され、可愛らしいデザインだった。


「梅酒ロック、好きなの?」

晴乃が彼女に訊いた。彼にとって、梅酒ロックは特別なお酒だった。

「うん。まあまあ、かな。たまに飲みたくなるカンジ。ソーダ割も悪くないけど、私はロック派だな」

どうして好きって思ったの? と、今度は彼女が訊いてくる。

 お酒の力と場の雰囲気が、思った以上に晴乃の背中を後押しした。

「昔、好きだった人が好きだったから。梅酒ロック。たまに飲みに行くと、いつも飲んでたんだよね」

と、彼は、思い切って打ち明けてみた。

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