四話

「だからさ、男の場合はどうしても比較しちゃうんだよな。もっと言うと、そこから先に好きになって付き合っていく女の子もさ、以前のファイルの影響を受けてしまうんだよ。どうしても」

どうしても、を二回口にする今井ちゃんに熱が帯び始める。

「なるほど」

と、晴乃は頷く。


「じゃあ、西野さんは今井ちゃんにとって特別ってわけね。前に好きだった女の子と似てたり、とかで」

「まあ、そういうことだ。前に好きだった人に似てる、という読みも概ね正しい。流石だよ、澤森クン」

晴乃同様に今井ちゃんも頷く。

「マジっすか」

苦笑いを含ませつつ、晴乃が今井ちゃんの方を向くと、

「マジっす」

と、今井ちゃんも晴乃の方をちらっと向く。今井ちゃんは半笑いだった。

 


 でもさ、と今井ちゃんの語りは続く。それには、再び晴乃に水を向ける意思が含まれていた。

「過去に縛られてばっかってのも、いけないと思う。そうは思わん? 晴乃」

 返事をする代わりに、晴乃は腕を組んだ。彼は前座席の背中を、静かに見つめる。

「過ぎた日を懐かしむのも良いけど。それはもっと大きくなってからでも良いと思うわけよ」


 まあ、もう歳的には十分かもだけど。補いつつ今井ちゃんは更に続ける。

「もっと先の事に目を向けなきゃいけない。振り返ってばかりではなく前に目を向けなくては、さ」

「おお。そういう風に考えてる、ってだけでも随分前向きじゃないですか」

晴乃は腕を組んだまま言った。横目で今井ちゃんの次なる出方を伺う。多少、物見遊山の境地でもあった。

 

 しばし沈黙。


「難しいな。男って」

徐に今井ちゃんが口を開いた。意外と普通の内容だったので、晴乃は少し拍子抜けした。


 再び、しばしの静寂。


「振り返ってばかりではいけない。今井ちゃんはさっきそう言ったけど・・・」

晴乃は言葉を途切らした。自身の主張を頭の中で整える。

「俺は、そうじゃないと思ってる」

「ふうん。何で?」

今井ちゃんが晴乃に訊き返した。

「うまく言えないけど、思い出から、思い出ってのは過去を振り返ることね、そこから学ぶこともあると思うんだ。確かに、振り返ってばかりというのも良くないとは思う。でも、過去からこれからの未来をどうやって生きて行こうか、って考えるのって結構多いんじゃないかな」


「温故知新てやつ?」

「そうだね。温故自新」

「ん? オンコヂシン?」

今井ちゃんが訝しむ。


「ごめん、何でもない。気にしないで」

晴乃は場を取り繕うように笑った。

「今度ゆっくり訊かせてよ。その、今井ちゃんの思い出の人の話」

西野さん似の、と唇の端をつり上げる。

「ああ。・・・だな」

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