三話

 晴乃は、再び窓の外に目を向ける。霞んだ空気のずっと向こうに、とてつもなく高い建物が見えた。東京スカイツリー、それが右前方から後方に向かってゆっくりと流れていく。頂上付近はガスがかかっていて、まるで空に呑みこまれているかのようだった。地上からてっぺんまで六百メートル以上の高さとなる。


「人間ってさ、どうして一人の人に執着するんだろうな」

またもや今井ちゃんの不意打ち。

「男サイドで考えるとさー、女の子を好きになる時って、大概は一人の女の子なんだよなー。女なんて他にもたくさん居るのに。とは言っても、中には肉食系のやつも居るけどな」

「また・・・。ありきたりな話題」

晴乃が今井ちゃん方に顔を戻す。この類の話は嫌いではない。むしろ好きな話題だ、と笑みを浮かべながら晴乃は思った。


 今井ちゃんは、と一旦区切りを入れる。

「マジに好きなわけ? 西野さんのこと」

晴乃は素直な疑問を投げかけた。一応、周りの同期の耳も考慮し、声のトーンは少し下げてやった。

「・・・」

無言のまま、すぐに通路側へと顔を回したので、今井ちゃんの表情が読み取れない。

「なに図星ですか? それは照れ隠しですか?」

晴乃が愉快げに訊く。


 ところが、しばらく経っても今井ちゃんの反応がないので、反応がないというよりもピクリとも動かないので、晴乃は少し心配になる。まさかとは思うが、眠ってしまっているのではないだろうか。

「よく分かんないんだよな」

「え?」

何か呟いたようだった。

「ん?今井ちゃん、何か言った?」

通路側を向いたままで喋っていたので、よく聞きこえなかったなと晴乃が思っていると、

「よく分かんないんだよ。本当のところは」

今井ちゃんがこちらに向き直した。

「・・・左様でございますか」

「・・・左様でございます」

「男ってさ、新規保存ていうだろ?」

「新規保存?」

「恋愛に対してだよ。よくパソコンのフォルダの中に記録されるファイルに例えたりするじゃん。男の場合は、過去に付き合った女の子を新しいファイルにどんどん記録してってさ。付き合った人数分のファイルが出来上がっていくんだ」


 晴乃がぱっと目を見開き、顔を縦に振る。

「ああ。それ聞いたことある」


 一方、今井ちゃんが続きを語り始める。

「女の子の場合はそうじゃない。上書き保存だ。ファイルは一つしかない。つまり、前に付き合った男のことは消去されてしまうわけだ」

「・・・と、言われてるよね」

晴乃が今井ちゃんの後を引き取った。

 ただ、晴乃自身、このことに関しては、必ずしもそうではないと思っている。

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