二話

「え、何?」

晴乃のリズムがまたも乱される。

「新人研修でさ、会社の創業の地に行く意味って何だと思う?」

今井ちゃんが一瞬、晴乃と目を合わせる。


 突然の話題変更に多少の戸惑いを覚えつつも、とりあえず今井ちゃんのペースに合わせることにした彼は、

「さあ、何だろうね。早いうちから会社にとって趣のある場所を見せて、自社の独自の基本精神だとか、企業理念なんかを叩きこみたいんじゃないの」

と、自身の素直な胸中を述べる。


「・・・」

今井ちゃんは顎に手を当て、黙って前座席の背もたれを見つめていた。

「いや、なんかリアクションしようよ」

思わず晴乃は言った。しばらくして、

「やっぱ、そういう精神みたいなもんを叩き込んだ方が会社としても扱い易いんかな?」

と、今井ちゃん。

「扱い易いって。社員が扱い易くなるって意味?」

「そうそう。社員のこと」

今度は無視されることなく、すぐに応答が来た。

「そりゃそうでしょ。会社は、なるべく会社側に従順な人間が欲しいだろうからね」

それでいて尚且つ、能力の高い人間が。と、晴乃は付け加えた。

「フン、珍しく真面目な意見を言うじゃん」

今井ちゃんがニヤリと笑った。

「そいつはどうも」


 鼻で笑われた上、珍しく、というのが気に障ったが晴乃は特別気にしないようにしていた。今井ちゃんとのこういったやりとりは、既に何回も味わっており、もうとっくに慣れてしまっている。

 ここでしばらく会話が途切れたので、晴乃は窓の外の景色に意識を向けた。窓の外の世界では、天から雨水が降り注いでいる。靄がかかっていて、遠くの建物は薄ぼんやりとしており、その輪郭を正しく把握することは不可能だった。


「知ってたけどね」

隣に座る今井ちゃんから、不意に声がした。

「え?」

晴乃が首を回すのと声を出したのは、ほぼ同時だった。

「遥さんのこと」

何のこと?という問いが口から発せられる前に晴乃はすぐに思い当たる。それは先程晴乃が今井ちゃんに告白した、西野遥に交際相手が居るということを指すのだった。


「ああ」

晴乃は今井ちゃんの横顔に向かって言った。

「そっか・・・。なんだ、知ってたんだ」

「まあね」

今井ちゃんは少し俯き加減になって微笑んだ。

「ま、こういうこともあるよな。二十年以上も長く生きていれば。色んなことがさ。人生、思い通りになる訳じゃないってのはとっくに学習はしてるよん」

意味がよく分からなかったが、

「そうだね」

と、晴乃はとりあえず首肯することにした。

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