第二章

一話

 季節は六月の中旬。四ヶ月間の研修も後半に差し掛かり、八月頭の配属まで約一ヶ月半となっていた。

「なぁ、晴乃」

今井ちゃんが隣に座る晴乃に問いかける。

「ん?」

窓の外を流れる景色を見ていた彼は、今井ちゃんの方を振り向かずに応える。

「創業の地って、どんなとこなんだろうな?」

ここで晴乃が今井ちゃんの方に振り向く。

「うちの会社の?」

「そうそう。今日、俺らがこれから行くとこ」


「・・・へぇ」

晴乃はニヤリと唇の端をつり上げた。


「は? おい澤島、なに笑ってんだよ」

「いや、別に。ただ、今井ちゃんがうちの会社の創業の地とか、そういうのに興味あるのが、ちょっと意外だったからさ」

因みに、と晴乃が間髪入れずに口を開く。

「私は澤田です」

「いや、俺からすれば澤田だろうが澤森だろうが、何も変わらんけど、とりあえずその話はもういいよ」

「なんだよそれ」


 晴乃は再び窓に目をやった。窓の外では雨が降っていた。じめじめとしていて、湿度が高く蒸し暑い。バスの中は空調が効いているが、少し肌寒かった。かといって空調を止めてしまうと、たちまち蒸し暑さが車内を包み込んでしまう。今年も嫌な季節がやってきたなと、彼は梅雨を疎ましく思った。

 

 ふと晴乃の頭に中に思いついたことがあった。

「ねえ、今井ちゃん」

彼は今井ちゃんの方に向き直った。

「ああ?」

今井ちゃんはぶっきらぼうに答える。

「残念なお知らせがあるんだ」

「そんなの聞きたかねーな」

そう言いながらも、今井ちゃんは頬を緩めた。

「そっか。そうだよね。じゃあ、やめとく」

晴乃も頬を緩める。

「いやいや、気になるだろ。言えよ」

今井ちゃんは吹き出しそうになっていた。


 晴乃は腕を組み、しばしの間、考える仕草をしてから、静かに今井ちゃんを見据える。

「西野さんのことだけど」

晴乃が声のトーンを落とす。周囲の耳を気にしてのことだった。

「ああ。遥さんがどうかしたん?」

晴乃に倣い、今井ちゃんも声を小さくした。


 晴乃は、以前に今井ちゃんから、西野遥に恋人が居るかどうか訊くように頼まれたことを前置きして、

「彼氏、居るらしいよ」

と、残念そうな表情を作ってみせた。

 しかし、今井ちゃんは顔色一つ変えるどころか、

「なぁ、晴乃」

と、晴乃に何かを問いかける様子を見せたのだった。

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