十一話

 晴乃の中に眠っていた記憶が、鮮明に蘇ってくる。ふと気付くと、信号が赤から青へと変わっていた。晴乃はフォレスターのアクセルペダルを踏み込んだ。見慣れた景色が左右に広がり、そのまま後ろへと流れていく。記憶を巡らせていると、軽い眩暈に誘われる。


晴乃にとって、遥が次に語った言葉がとても印象的だった。


「理解者、だったんだね」


晴乃が求めていたものは。と、彼女は更にこう付け加えた。

 しばしの間があった。その理由は、恐らく遥を除く三人が、彼女の意図していることが何なのかよく分からなかったからに違いない。


「え?」


 最初に口を開いたのは晴乃だった。三人の表情に気付いた遥は、少し慌てた様子で取り繕う。

「ごめんごめん、イキナリそんなこと言っても何のことか分からないよね。ええと・・・、何て言えば良いのかな」

彼女は腕を組んだ。頭を少し下げ、何事かを考えている。晴乃、今井ちゃん、加奈さんの三人は黙って見守ることにした。


「あたし、自分のことを誰かに話すのって、結構勇気の要ることだと思うの。どこどこの大学に行ってたーとか、留学したことがあるーとか、インカレで決勝まで進んだー、とか。そういった表面的な事実を同期の皆や友達に語ることはあっても、・・・例えば人から何かを言われた時とかに、自分はこう考えてこんな風にリアクションした。なんていちいち人に言わないよね?」

「・・・そうやね」


 加奈さんが頷くも、遥の話の展開が読めないらしく、どこかぎこちない。それ以上何も言わないようにすることで、遥に話の続きを促した。


「その理由は簡単だとあたしは思っていて、多分、否定されたり非難されたりして傷つきたくないからだと思うの。自分の思考パターンっていうか、行動の動機となるものを文章化することって、ある意味その人の心の裸を見ているようなものだと思う」

 勿論、皆が皆そういう人ばかりではないだろうけれど。彼女は付け加えた。

 心の裸を見ている、とはなかなか面白い表現だなと晴乃は思った。

 

 勢いの強い波が浜辺に押し寄せる。海の水が晴乃達の元まで届きそうな規模のものだった。やがて、波の先端が晴乃のビーチサンダルの先端を濡らした。

 でもね、と遥が話の続きを語り始める。

「人って本当は心の裸の部分を、誰かに知ってもらいたいんだと思う。共有したいんだと思う。自分のことを理解して欲しいんだよ。これはさっきの晴乃の話を聞いてても思ったし、・・・というか、四月から席が隣になってから晴乃と話すようになってずっと思っていたのだけど、少なくともあたしにとって晴乃はそういう人に見える、かな」

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