十話
「『消えない傷でも、綺麗でしょ?』」
これが、以前交際していた彼女の別れ際の言葉だった。そして、いつかそう言える日がくるといいな。彼女は最後にこう言って、自分との仲を締めくくったのだ、と晴乃は説明した。自分の番である恋愛話の最後を、ちょうど語り終えたところだった。
同期の皆はいまだに火を囲みながら宴を楽しんでいる。そこから少し離れた波打ち際に、加奈さん、今井ちゃん、遥、そして晴乃の四人は腰を下ろしていた。
「そっかぁ。なんか謎めいたとこのある彼女さんやったなぁ」
加奈さんはそう言うと、闇に沈む海を見つめる。遥も黙って下を見つめていた。気のせいだろうか。晴乃から窺える彼女の表情はいつもより暗く、どこか思いつめているようにも見えた。
次に口を開いたのは今井ちゃんだった。
「晴乃がさ、別れを切り出そうと思ったきっかけってさ」
今井ちゃんが一呼吸置いてから、
「やっぱり最後まで、自分のことを何も語ってくれなかったからなんだろ?」
元カノさんがさ、と再度確かめるように付け加えた。いつもの今井ちゃんらしか
らぬ、真剣で真摯的な横顔だった。
晴乃は俯いた。何か物事を考える時の彼の癖だった。やがて顔を上げると、
「そうだね。『消えない傷』って一体何だったのか・・・」
晴乃は今井ちゃんに微笑みかけた。
「俺は、その人には自分のことを曝け出してみたんだ。自分の知りうる自分を、全て明かしたつもりだった。それは、彼女のことをもっと知りたかったからでもあるんだ。
もっと俺のことを知って欲しかったから。さっきも言ったと思うけど、相手のことを知りたいと思うなら、まずは自分のことから語ろう。ベタかも知んないけど、それが俺のスタンスなんだよね。今も昔もずっと」
晴乃が言い終えてから、しばらく波の音だけが響いていた。先ほどからずっと感じられていたことだが、火を囲む他の同期達の歌声は、遥か遠くのように感じられる。
「晴乃はメッチャ素直やなあ」
加奈さんが沈黙を破る。
「あたしもそう思った」
遥が同意する。今井ちゃんも無言のまま、暗闇の海に顔を向けたままで、頭を縦に振っていた。
「せやけど、切ないなあ。好きだからこそ相手のことを知りたいと思うのは当然やし」
加奈さんが浜辺に落ちていた木枝、それは先ほど今井ちゃんが投げた小枝だった、を海に向かって思いっきり放り投げる。小枝は波打ち際に着地し、しばらくの間は、波に乗って砂浜と水面の往来を繰り返していた。が、やがて沖の方へと流されていった。
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