九話

「ふふ。ごめんごめん」

でもね、と遥が続ける。

「それってそのバーチャルな世界と現実の世界を、ちゃんと離すことでもあるよね?」

晴乃が怪訝な顔を浮かべる。

「ハナす?・・・ああ、隔離する、ってこと?」

「カクリ・・・。そうそう。ムズカシイ言葉で言うとそういうことかな」

そして次に晴乃は思案顔を浮かべたのだった。

「なるほど」

晴乃の様子を伺っていた遥が、うっすらと笑みを浮かべる。遥の視線に気づいた彼は、

「てか、ちゃんと俺の話聞いてたじゃん」

と、強めの口調で言った。

「ふふ」

遥は楽しそうに笑っていた。




 ブレーキペダルを踏み込むと、スバルのフォレスターは静かに停止した。相変わらず太陽の日差しは眩しい。晴乃は、額に手を当てて影を作り、車内のデジタル時計の時刻を確認する。待ち合わせの時刻にはまだ十分に余裕があった。

 気持ちを落ち着かせようとした反面、家を発ってからまだ十分も経っていないことに気づく。やはり落ち着いてなどいられなかったのだろう。信号待ちをしている間、ふと昔を思い出した。

 

 あれはいつだったか。確か配属の直前だった。土日を使って千葉の奥地にあるキャンプ場へと出かけた。一泊二日。十二、三人の同期と行動を共にした。すぐ近くに海があり、そこで皆と子供のように走り回った。泳ぎ出す者も居れば、釣りを始める同期も居た。夜は砂浜で花火をしたり、キャンプファイヤーをしたり。火を囲みながら、肩を組んで青春時代に流行った曲を歌い、踊った。

 信号が赤から青へと変わり、晴乃はふと我に返る。彼は笑い出しそうになった。今日の、これからの予定に関することとは、全く関係のないことを思い出していたからだ。今、この瞬間に思い出すべきは、同期とキャンプへ行ったことなどではないのだ。しかし不思議なことに、愛しさと懐かしさが、今の彼の心を満たしている。


 どうしてだろう? 晴乃は、考える。けれど、きっと心の奥底では既に気づいているのだ。何故キャンプの記憶が、彼の心を満足させているのかを。

 交差点を右折すると、幅の広い通りに出た。左手には小さな川が流れている。下水が混じり、水の色は混濁した緑色に近い。昔はこの川で泳ぐことが出来たらしい。晴乃は自分の父親がそう言っていたのを思い出した。

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