七話

「健史先生っていうんだ、その人」

晴乃は今井ちゃんに微笑みかける。

「なるほど、そうか。じゃあ、今度そのタケシ先生に会ったら、俺が宜しく言っていたと伝えてくれ」




「どうして晴乃はSE (システムエンジニア) になろうと思ったの?」

休憩時間になり、周りがざわめき始めた時、不意に遥が晴乃へと問いかける。

「え?どうしたの急に?」

晴乃は虚を突かれた。

「何となく。ほら、同期の皆って理系の人ばかりでしょ。晴乃は文系だし、何だか珍しいなって。それに・・・」

「それに?」

遥は一瞬躊躇ったが、やがて悪戯っぽい笑いを浮かべた。

「パソコンの操作とか全然分かってないのに。よく頑張るな、って思って」

「ひどくね?」

「ふふ」


 遥の指摘の通り、晴乃は苦戦していた。勿論、晴乃自身もパソコンくらいは持っている。入社前に最新型のノートを購入したばかりだ。インターネットで調べたり、サイトを閲覧するのは勿論のこと、ワードやパワーポイントといったアプリケーションソフトを使うことぐらいはできる。


「あたし、十進数から二進数へ直すことぐらいはさすがにできると思ってた」

遥が今にも笑い出しそうになる。

「てか、十進数とか二進数とかって理系の人達の話じゃないの?」

晴乃が苦し紛れの反論を試みる。

「でも、中学生で習ったでしょ?」

「そうだっけ?」

「うん」


 晴乃は、パソコンというものが本当に便利であると、改めて思った。原理や仕組みを熟知していなくとも、大抵の人はパソコンを使うことができるからだ。

 でもさ、と遥が続けた。

「計算とかパソコンのことは苦手なのに、理系の人みたいに論理的なところがあるから不思議」

「そうすか・・・」

晴乃は苦笑いを浮かべ、

「二進数とかもそうだけどさ、三文字熟語みたいのも多いよね?」

と、遥に問いかける。

「さんもじじゅくご?」

遥の頭上に、はてなマークが浮かび上がる。


「さっき講師の人が言ってたけど、CUIとかGUIとか。それにXORとかさ」

「ああ、そうだね。実は、あたしもそうゆうのは苦手。でもXORって排他的論理和のことじゃないかな?」

「はいたてきろんりわ?」


XORはIT用語などではなく、論理記号であるということを遥が伝えようとしたが、結果的に晴乃の頭を余計に混乱させるだけだった。


「ふふ。ごめんごめん。で、どうしてSEになろうと思ったの?」

最初の質問が、再び晴乃へ投げられる。

 晴乃は照れくささを紛らわすためか、研修ルームの前方へとゆっくり顔を向けた。

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