五話
「カンパ〜イ」
今井ちゃんがビールグラスを片手に、威勢良く音頭を取る。
晴乃達はオフィス近くにある居酒屋に来ていた。有名チェーンの居酒屋だが、少し変わった場所に位置している。国道から一区画ずれた通りにあり、目の前には企業オフィス、左右にはマンション、少し先に進めばビジネスホテル
がある。閑散とした通りにポツンと存在しているといった感じだ。初めてこの界隈にやってくる人が、賑やかな国道を一つ逸れたこの静かな通りに、居酒屋があるとは想像もしないだろう。
建物は小さなビルとなっており、その中にいくつかの店舗が入っていた。晴乃達の居るこの居酒屋も、その中の一つである。入口すぐのところに別系列のチェーン店、右手奥に晴乃達が居る店があり、店の手前にあるエスカレータを昇れば漫画喫茶店といった造りだった。
「やっぱビールは喉ごしだよな~」
そう言うと孝也が残りのビールを一気に飲み干した。
「オヤジかよ」
晴乃は苦笑いを浮かべる。
「良い飲みっぷりじゃん」
啓吾が孝也の行いを褒めたたえている。
「おい澤森、お前も早く飲めよ。まだ全然残ってるじゃんかよ〜」
既に今井ちゃんは出来上がっていた。
「澤田です」
晴乃はまたもや苦笑い。
「吉原さん、加奈さん、二人も何か飲むかい?」
敏也が、女性陣二人にメニューを渡す。吉原さんと加奈さんはそろって梅酒ロックを注文した。梅酒ロック。その響きを聞いた晴乃は、何だか懐かしい気持ちになる。
ふと気づくと、今井ちゃんが晴乃の隣に腰を下ろしていた。
「なあ、晴乃」
今井ちゃんが神妙な面持ちで徐に口を開く。
「何?」
晴乃が今井ちゃんの横顔をちらっと見つめてから、テーブルのグラスに手を伸ばす。
「これはちょいと真剣な話なんだが・・・」
いつもどこかふざけている今井ちゃんの口から、真剣という言葉が発せられると、諧謔を弄しているように晴乃には感じられた。
「あ、うん。・・・で、どうしたん?」
少し間があって
「西野さんて、カワイイよな」
と、より真剣味を増した顔で言う。一瞬、晴乃は相好を崩してしまったことを隠すために、今井ちゃんとは逆方向に顔を向けた。女性店員が空になった中ジョッキを持って厨房に入って行くところだった。
「西野さんて、俺の隣に座ってる、あの西野さん?」
晴乃は念のため確認する。
「そうだよ。他に誰が居るんだよ。俺らの同期の中で、西野って苗字は西野遥さんだけだろーが」
顔を赤らめた今井ちゃんが語気を強める。酒で酔ったせいなのか、それとも恥ずかしさからくる赤さなのか、晴乃には判別できなかった。
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