エピローグ…現在
『連続コンクリート詰め殺人事件 犯行は小学生の時から?』
白井晴子はオフィスで昼休みに弁当を食べながらパソコンを見ている時にそのニュースが目に入った。
小学生の時から殺人? 穏やかじゃない日本語だと思いながら、ページを開く。読み始めてすぐにご飯を食べながら見るのは失敗だったなと思った。コンクリートに遺体を詰めるだとか、強い酸性の液体で肉までとか。食欲がぐんぐん盛り下がっていくのを感じた。
それからも記事を読み進めると、被害者と目される人の名前と犯人の住所を見て白井晴子は目を疑った。
そこには見知った名前が載っていた。
私…白井晴子は久しぶりに地元に帰ってきていた。そして、今は高校の近くの海水浴場の砂浜を歩いている。
先程まで記者と名乗る男性に取材を申し込まれたが、喋ることはないと突っぱねた所だった。殆ど私が知っていることがないのは事実だし。
同棲している彼氏は少し地元に帰ると言ったら、すぐに認めてくれた。酔っていた時につい高校時代の彼氏やその友達が失踪したことを打ち明けたことがあったから、この事件が気になって私がいてもたってもいられなくなっているのを彼は分かっているのだろう。
正直、私は高校時代の和真とのことを引きずっている訳ではなかった。私はもう大学を卒業し、就職までした。出会ってからの時間も、もう和真より今の彼の方が長い。結婚の話なんかもしている。まだ和真のことが好きなんてことは、絶対にない。
けど、もう少し話し合いたかったと思っていた。変な別れ方になってしまったから何か気持ちの悪い感覚は残っていて、それを払拭したいとは思っていた。だから、この町に来れば何か分からないかと思いこうやってたそがれている。
『私の子供の命が奪われたというのなら、いち早く真実が明らかになってほしいと思います』
和真のお母さんは、そう涙ながらに語っていた。彼女の姿を初めて見るのが、テレビの中になるとは思ってもみなかった。
和真が帰ってくることを望み続けて五年間生活してきたのだろう。
そんな和馬のお母さんは、とっくに息子が死んでいると言われて、どんな事を感じたのだろうか。想像すると、胸に冷たい物を詰められるような気持ちがした。
赤石和真と黛一糸、そして黛静。この三人の名前をあのネットのページで見てから色々な媒体で情報収集をした。殆どが出所の分からないゴシップのようなものばかりだったが、その中にも興味深い情報があった。
私が高校生の時から始まった連続失踪事件、いや、この連続殺人事件の犯人である渡宏樹は黛くんと小学校が一緒で、初めての殺人は黛くんの母親である黛静だということだ。黛君を殺したのも渡宏樹は自白していたし、彼はこの家族のうち二人を殺したということになる。
そして、黛くんの父親も五年ほど前に亡くなっていた。特に大きなニュースにもなっておらず情報も曖昧だったが家が燃えて、中から焼け爛れた遺体として発見されたらしい。たばこの焦げた吸い殻があったためそれが火元かもしれないが、科学的な根拠はないとのことだった。ただの火の不始末か、家族を全員失ってしまった男が自殺してしまったのか、それとも他殺か。詳しい事は私がネットで調べた限りで何も分からなかった。
一体、何があったのだろうか。誰かの意図があったのか偶然か、誰が何のために何をしたのか。私には想像もつかない。
ぼんやりと海を眺める。綺麗な青に心を洗われ、胸の詰まりが少し和らいだ。それと同時に、この水面の下にある人が入ったコンクリートを妄想した。
なんとなく、あの二人の親友だった私の幼馴染もきっと渦中にいたのだろうと思っていた。根拠はない。ただ、そう思えてならなかった。
一体、何があったのと海に問いかけても、どこか生き物めいた潮音のみが返されるだけだった。問いには答えてはくれない。
けれど、この海のどこかに真相はある。私達人間からすると、海はあまりに広大だ。けれど、ここに何かを落としたとしても消えるわけではない。
ましてや、コンクリート。とても重いものなのだからあの犯人が棄てたものは案外近くで転がっているのかもしれない。
海にコンクリートは溶けない。即ち、真相は消えず、分かる時がいつかは来るだろう。
そんなことを考えていると、携帯に着信が掛かった。見覚えのあるその着信の番号は幼馴染の男の子の物だった。高校を卒業するときには、もう全く喋らなくなってしまった男の子が今になってかけてきた。
『結局、仲良しだからな。喧嘩するほどなんとやら?』
和真の声を聞いた気がした。前を見るも、そこには海しかない。
不思議に思いつつ、名前をもう一度見返した。
家族以外で私と一番付き合いが長い彼は高校を卒業するくらいの頃には私と会話をするのすら、明確に避けるようになっていた。
そんな彼が今、一体何を伝えたいのだろうか。
私は応答に指を乗せた。
了
海に灰色は溶けない 小谷幸久 @kotanikouki
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