5年前⑫

 昨日でテスト期間が終わった。

 僕のテストはというと、恐らくどの教科も推薦に響かない程度には、問題なくできたと思っていたのでそこまで結果を心配してはいない。

 今日からテスト返却が始まる訳であるから、朝教室に入った時からクラスではテストに関する話で盛り上がっていた。

 「数学全くできなかった」「生物マジで悲惨な点数だわ。今回」「古文ワンチャン満点あるわ」様々な言葉が入り混じって僕の耳に入ってきたが、僕はただ自席に座って外を眺めていた。周りの話に入る気が起きなかった。教室から心だけ隔離されて、僕だけは窓の外にいるみたいな、そういう孤立感を覚えた。

 午前の授業が終わり、昼休みは錦と中庭でご飯を食べることになった。

 「うい。お疲れ。鈴鹿」

 「お疲れ。錦」

 「テスト問題なし?」

 「うん。問題なし」

 そう答えて僕は横に座りつつ、ポケットに畳んで入れていた答案を広げる。

 「ほれ」

 「ほう。数B72、英語78、日本史84、生物基礎58、中々、良いじゃん」

 僕は錦のなんだか上からな態度にむっとした。

 「お前は何点だったんだよ?」

 「いやいや、大したことはないけどね」

 錦はわざとらしく笑いを堪えるようにしながら、ポケットから答案を取り出した。

 「古典84、英語75、日本史94、現代文100…だと?」

 僕が愕然とするのに、錦はニヤニヤと笑っていた。

 「いやー、調子良かったわ」

 「ムカつくなー」

 錦の成績が良いのは知っていたが満点を取られると文句も言えないし、そんな奴の前に半端な僕の点数を晒しておくのはなんだか居心地が悪い。僕はくしゃりと音を立ててテスト用紙を掴み小さく畳んでポケットに入れた。

 それから、僕は朝コンビニで買っておいたサンドイッチを開いた。

 「そろそろインターハイだよな」

 「うん」

 錦は今日は弁当なようで唐揚げを箸でつまみ上げている。

 「黛はああいうのは流石だな。すごい様になってた」

 「ああ。壮行会な。確かに、凄かった」

 先週の壮行会の黛はやはり他の人の目から見ても素晴らしかったようだ。クラスではたくさんの人に褒められていたし、他の学年でも黛を見る目が変わっているのが分かる。黛と廊下を歩いていると黛の方に視線が集まっている事が分かる時があるのだ。黛はバスケ部の部長こそやっているが、生徒会だとか課外活動とかもしておらずクラス外での知名度は低かったのだが、黛のビジュアルとカリスマ性により一部の後輩からカルト的な人気が沸いていると部活の後輩が言っていた。

 「黛は進路どうするって?」

 「うーん、とりあえずは国立志望らしい。錦と一緒だな」

 「へぇ、もし俺と黛の二人とも受験うまくいったら同級生になるのか」

 黛は実際今回のテストでも完璧超人らしさを発揮していた。忙しい部活の部長をやりつつの、今日返却されたテストは全て八十点台だったのだから流石としか言いようがない。

 「インターハイの準備、大丈夫そうか?」

 「いや…正直やばい」

 「赤石のことか?」

 僕はサンドイッチを食べながら頷く。錦は眉間に皺を寄せて悩ましそうな顔をした。

 浮気だとか云々の別の懸念が大きかったから考えが及ばなかったが、赤石はうちのスタメンで主戦力だ。その赤石が欠けていると、どうしてもチームの戦力ダウンが否めない。

 「いや、まぁそろそろ捜索届けとかも出てる訳だし、帰って来るんじゃないか?」

 「うん。まあそうかもな」

 錦が励ますように言った言葉に、なるべく僕は平静を装って返した。

 僕はごちそうさまでしたと言って、サンドイッチの包みの袋をテスト用紙を入れてない方のポケットに押し込んだ。 

 僕は空を見ながらぼんやりと考えた。

 錦は赤石が自分から家出したと思っているのだろう。晴子のことが気まずくて家出したのだと。

 でも、恐らくそうではない。そう僕は思ったがそれは胸の内に秘めておく。実際は、僕らが仮にインターハイでボコボコにされたとしても、それが些事に思えるような悲惨なことが起きているのかもしれないのだから。


 その日の部活の最初に顧問が扇形に僕らを集めて話をした。

 最初に中間テストでの疲労を労り、インターハイ県予選が近いため、実戦形式での練習をすることを伝えた。そして、赤石の話になった。

 「もう殆どの者が知っているが、赤石が学校に訳あって顔を出していない。理由は詳しくは言わないが、そのためインターハイ県予選はスタメンを変える。赤石はこれから復帰したとしても調整不足になりかねないからな。想定では赤石はPFだったが、そこにスタメンとして加藤を入れようと思う」

 「は、はい」

 大柄である二年生の加藤は当然、嬉しかったのだろう。堪えきれなかったのか少し頬が緩んでいたが、それもすぐに直した。

 スタメンの獲得は嬉しいだろうし、喜ぶのも憚られるような雰囲気のせいで、その喜びを叫んだりして主張できないのは少しかわいそうだと思った。

 部活の最中に後輩に小さく聞かれた。

 「赤石先輩って浮気してて、それがバレて逃げたんですよね?」

 僕はその質問には思わず口篭ってしまった。どこまで喋って良いのかが一瞬で判断できなかった。

 その日の僕は全然集中できていなかった。実戦形式の練習だったため、それがより浮き彫りになったとも言える。後輩にも「調子悪いですね」と言われる始末だった。

 黛は冷静に、相手のパスをカットし、パスを出し、自分も決めていた。そういう所も黛の凄いところだろう。黛も主将として気になることはあるだろうに、部活にはしっかり集中できていた。

 部活が終わってから、一人で帰路に着いた。黛は顧問に練習終わりに呼び止められて話し込んでいたし、後輩と一緒に帰るのも避けたかった。練習中も後輩は僕に赤石のことを揶揄い半分で聞いてきてその度に癪に障ったし、疲れていたからそういうことも考えたくなかった。

 僕は帰り道にそのまま近所の公園に寄った。小さい頃、僕が泥団子を作ってよく遊んでいた公園だ。僕はブランコに腰掛けてぼうっとした。

 僕の目の前には子供の僕が一生懸命に泥団子を作る幻影がある。砂場で辺りが暗くなってもお構いなく、泥団子を作り続けている。その横には子供の晴子が早く帰りたいと主張している。それでも僕は泥団子を作るのを止めない。晴子のことも考えず、僕のしたいことをし続けている。その頃の独りよがりな性格はきっと今も直っていない。だから、僕は赤石の浮気調査なんかしたし、晴子が学校に顔を出さなくなっても何もしてあげなかった。直接助けてあげようとはしなかった。結局、僕は本当は晴子としっかり向き合うのが怖かったのだ。それが、きっと今みたいな状況を結果的に引き起こした。責任の一旦は僕にある。

 そうやって、自己批判しても結局僕は晴子の連絡を入れたりしない。今だって、この通話ボタンを押すだけのことができず指を震えさせている。

 こんな日でも空には星がかかっていて、美しい。田舎の広い空は辛いほどに、自分の小ささを教えてくる。それは時に脅迫的なくらいに、僕を自己嫌悪に陥らせた。

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