5年前⑨

 次の日の放課後、進路指導室で僕と原田は向かいあっていた。

 「何か思い当たることがあったか?」

 「ええ、一つ、もしかしたら失踪と関係があるかも知れないことを知っています。今日はそれを伝えようと思いました。その代わりといってはなんですが、赤石の行方について現状知っている事があったら、僕にそれを教えてほしいんです」

 僕が原田の顔をちらりと見ると、原田は眉間にシワを寄せていた。

 「確かに、ご家族と警察と、学校側というか俺は情報をかなり交換し合っている。一刻も早く赤石を見つけたい一心でな。けれど、それは適当に言いふらして良いことじゃない。勿論、俺は鈴鹿の事を信用している。けど、こういうのは大人がすることだ。絶対に赤石は見つけるから安心して待っててくれ」

 原田は僕が赤石を探そうとしているのを見抜いているようだった。そして、それを止めさせようとしている。

 やっぱりなと思った。そして自分を子供扱いすることに対して、うんざりとした気分になる。

 つい昨日も渡に子供扱いされて捜索に協力させてもらえなかった。流石に原田は例の失踪事件との関連性は考えていないようだが、それでも僕を関わらせてくれない。

 確かに、教師の立場で生徒が一人で危ない事をしようとしていたら、止めるのが普通だろう。それは警察官でもそうだ。

 きっと、原田は僕が赤石を探そうとしていることに気づいている。なら情報は伝えずに、僕を諭すのが正しいのだろう。

 でも、僕だって赤石にまた会いたいのだ。

 昨日のあんな話を聞いたあとにじっとしていろという方が無理な話だ。僕の知らないところですべてが終わるまで待つなんてできない。

 「僕も赤石の事が心配なんです。言いふらしたりしませんし、危ない事もしません。ただ今分かっている事だけで良いので知りたいだけなんです」

 僕は原田にそう主張した。原田は僕をじっと見た。少し時間を置いてから原田は溜め息をついた。

 「分かった。今、分かっている事を教えるよ。とりあえず、知ってることを教えてくれ」

 最後には原田は根負けしたのか、僕にそう言ってくれた。

 僕は最近の赤石に関することの知っているすべてを話した。正直、浮気のくだりは言わないべきかと思ってもいたが、やはり失踪と関係があるかもしれないから話すことにした。

 僕が話し終えると、原田は大きく溜め息をついた。

 「息子さんが浮気してたらしいです。なんて伝えたくないな」

 「確かに、そうですね」

 僕も苦笑いしかできない。確かに実の親にそんな事を言うのは気まずそうだ。

 「僕が知っている赤石の最近の事はこのくらいです。失踪の当日は喋ってないですけど、見た感じ元気そうでした」

 「なるほど、分かった。…それと正直俺にとっては赤石と白井が付き合ってたってのもびっくりだけどな。てっきり、白井とお前が付き合ってるのかと思ってた」

 「僕と白井はそういうのじゃないですよ」

 「なるほどな、だから今白井も休んでいるのか」 

 原田は腕を組んで、うんうんと頷いた。

 「あとは、僕に今分かってることを教えてください」

 「ああ、そうだったな」

 原田は今思いだしたように、そう言ってから続けた。

 「赤石の行き先については正直、全く分かってないんだ。だけど、分かっているのは赤石があの日、一度家に帰っているということだ」

 「学校から一度家に?」

 「ああ、一回家に帰っている。失踪はしばらく時間を置いてからだ」

 「それは具体的に何時に家を出たっていうのは分かってるんですか?」

 「二十時頃だそうだ」

 「二十時。結構経ってますね」

 「ああ、家族で夕食の時間は家にいたらしいからな」

 家に帰ってから、何時間も経って家を出ているのは正直意外だった。てっきり家に帰らずに、そのまま失踪という形だと思っていた。

 「それから、あまり荷物を持っていなかったみたいだ。家を出る時、一応母親に報告してたみたいだからな。コンビニ行ってくると伝えたそうだ。まあ、それから帰ってないわけなんだが」

 「なるほど」

 「残念だけど、今分かってることはこのくらいだ。今ご家族が親戚とかに聞き込んでどこにいるか探そうとしているみたいだが、正直、成果は芳しくないみたいだ。本人が自分から出てきてくれるまで待つしかないかもしれないな」

 本人が出たくても出てこれないのかもしれませんよと心の中で僕は言った。

 それから僕は思い出して言った。

 「そういえば、昨日学校の前で警察の方に赤石のことについて聞かれました。流石に、大事だと思い始めたんですかね?」

 「え、本当か? 前に警察署へ行ったときは、どうせ家出だろうくらいの雰囲気だったんだけどな」

 それから少しして、僕は原田と話し終えた。

 帰り際には「勉強はしっかりしろよ、中間も近いから」とのありがたい言葉も頂いた。非常に、耳が痛かった。

 原田との話では赤石はあの日一度家に帰った。そして、二十時に家を出てそれっきり行方不明との事だ。二十時以降に何かあったのか、それとも、それ以前に何かあったのか。

 少し迷ったが、それから僕は赤石の家に寄ることにした。いつか、直接伺おうとは思っていたが、原田との話を経てやはり家族との会話ならもっと多くの情報が得られるかもしれないと期待した。

 特に約束もしていなかったため、呼び鈴を鳴らす時に少し緊張したが、中から出てきた女性は和馬くんの友達ですと伝えると、快く中に入れてくれた。

 つい一週間前まで家の前まで赤石の尾行で来ていたが、中に入ると外から見るより広く見えた。

 リビングに通され、椅子を勧められる。

 「ここに座って。お茶を入れるわね」

 と女性は言って、僕は席に座る。

 女性の顔をよく見ると、赤石によく似ている。こう見るとこの女性は間違いなく、赤石和馬の母親だと分かる。

 リビングは広くて、綺麗にされていた。小物は多いが、ごちゃごちゃしておらず、ほどほどに整頓されている。ベランダも、木などはないが、バスケットゴールが一つあり寂しさもなければ、狭苦しさもない印象だ。

 「麦茶だけど、どうぞ」

 「あ、ありがとうございます」

 横から声をかけられ、麦茶が眼の前に置かれ、その向こうの椅子に女性が掛けた。

 「私が赤石和馬の母です。いつも息子をありがとう」

 赤石母は僕にそう言って小さく頭を下げる。やはり予想は当たっていた。僕も頭を下げながら名乗る。

 「僕は鈴鹿優希です。和馬くんとは部活も一緒で仲良くさせてもらってます」

 頭の中で考えておいた自己紹介をそのまま話した。赤石母は赤石と似た顔で小さく笑いながら言った。

 「まぁ、君が優希君ね。話は和馬から聞いてるわよ。会えて嬉しいわ」

 僕は笑いながら、赤石母の顔を観察した。赤石母は一見綺麗で元気そうだが、目の下には、深く隈が刻まれていた。きっと赤石の事で頭を悩ませているのだろう。

 そんな彼女に、これ以上赤石の事を聞いたりして心を痛めさせない方が良いのではないかと思った。でも、それではなんのためにここに来たのか思い直し、言葉を選びつつ口を開いた。

 「実は今日は和馬くんについて、聞きたいことがあって来ました。僕も和馬くんが心配なので」

 僕は個人で赤石を探そうとしていることは赤石母には言わなかった。問題事は避けたい。こんな事をわざわざ聞いているのだから、バレるかもしれないが。

 赤石の母の顔が一瞬、引き攣ったように見えた。それから赤石母はベランダの方に視線を移した。つられて僕もそっちを見る。庭にはバスケットゴールしかない。

 「和馬は学校でいじめられてたりしたの?」

 「え、いや、そんな事はないと思います」

 僕は咄嗟にそう答えた。赤石にいじめなんて見たことも聞いたこともなかった。僕の知る赤石はそういうのとは全く無縁だったはずだった。

 赤石母は肩を震わせて、ブルブルと頬の肉を揺らした。

 「そうよね。あの子、本当に家でも学校の話を楽しそうに話してて、確かに最近ちょっと落ち込んでたみたいだけど、それでも家出なんてするほど、環境を辛いと思ってたとは思えないのよ」

 赤石母は目に涙を溜めていた。赤石母は少し咽て、話が途切れつつ話し続けた。

 「最近、田舎でも危ないでしょ? あの子、気持ちの整理のための家出とかならまだ良いけど、顔は良いから変な人に誘拐とかされてるのかもしれないし。私、あの子の事を考えると心配で、心配で」

 赤石母は両手で顔を抑えて泣いた。恐らく、元より親馬鹿であろう赤石母は、我が子の失踪なんて、とんでもないショックなのだろう。さっきのいじめだとかも、きっと赤石の身を案じて色々な可能性を案じているのだと思った。泣いている赤石母に対して僕は「大丈夫ですよ、きっと平気です」なんて無責任な言葉を連呼していた。

 しばらくして、赤石母は落ち着いた。

 「ありがとう鈴鹿くん。聞きたいことがあるんですよね?質問していただいて大丈夫よ」

 「本当に大丈夫ですか?」

 「ええ、それに和馬について知りたいなら私が一番だわ」

 赤石母は目の下を腫らしていたが、毅然とした態度で僕にそう言った。僕もそれを聞いて、改めて頭の中で何を聞くか考えながら喋り始めた。

 「最初に聞きたいんですけど、和馬くんは土日に家を出たりしてましたか?」

 「いえ、この土日はさっきも言ったとおり元気がなくて。食事とか以外はずっと部屋に籠もってたから心配だったのよ。」

 「誰かと長時間電話してたりとかは?」

 「うーん、あんまり電話してる感じはなかったわね。あ、でも少し前に顔に傷をつけて帰ってきた日は電話してたわね」

 あ、それは晴子だな。そういえば、電話で別れたとか言っていた。

 「あの怪我ともしかしたら関係あるのかしら?」

 赤石母は少し首を傾げる。

 僕は晴子の件を言おうか迷ったが、止めた。ここで話が変わると次の質問ができないかもしれない。申し訳ないが、恐らく原田がそれについても伝えると思うからそっちに任せよう。

 「あと、もう一点聞きたいんですけど、詳しく和馬くんがいなくなった日のことを聞いていいですか?」

 「詳しく?」

 「家に帰ってから大体四時間くらいは行方が分からなくなるまで時間があったと思うんです。その間のことを詳しく教えてくれませんか?」

 赤石母は、目を丸くした。

 「驚いた。結構もう調べてるのね」

 「あ、ちょっと先生から聞いてて」

 赤石母はなるほどと言う顔をした。

 「じゃ、家に帰ってきてからの事を思い出しながらいう感じで良い?」

 僕は頷いた。赤石母は少し思い出すようにして首を上に傾けてから語りだした。

 「あの日、和馬は一六時くらいに帰ってきたわ。しばらくうちにいて、それからしばらくして少し家を出たの。確か出たのが16時半くらいで、それから17時半くらいには帰ってきたから、その時はそんな気にしてなかったわ。」

 「和馬くん、前に一回家を出てたんですか。何してたのか知ってますか?」

 「いえ。特に聞いてなくて。本当に今聞いてないのを後悔してるんです」

 これは原田から聞いてなかった事だ。重要だと思わなかったのか、伝え忘れたってところだろう。

 「それで家に帰ってからは部屋にいて、十九時にご飯を家族で食べてそれから二十時くらいには…」

 「もう行方が分からないってことですね」

 僕は頭の中で情報を整理した。赤石は行方が分からなくなる前に、学校から帰ってすぐ、一度家を出ていた事は初めて知った。これも関係があるのかは、よく分からないが。他の事は大体原田から聞いていたことだ。

 「家での様子に変わったことはなかったですか?」

 「うーん、特にはなかったのよね。ほら、もうあの子結構元気になってたでしょ。食事中にスマホを見てて、注意したくらいなんだから」

 それも僕の認識と違っていない。赤石は月曜日には元気そうだった。

 ここらへんが潮時だろう。そう思い僕は目の前のお茶を飲み干した。

 「ありがとうございます。貴重なお話を」

 「いえいえ。あ、電話番号教えてちょうだい。何か分かった事があったり、和馬が見つかったら電話するわ」 

 お互い席を立って、スマホの電話番号を交換する。帰り際に赤石母は言った。

 「鈴鹿くん! 和馬を探そうとしてくれるのは嬉しいけど、あんまり深くは考えないでね。すぐ定期テストは来るから勉強もするのよ。それに、もし鈴鹿くんが危ない目にあったら私が和馬に怒られちゃうから」

 「はい。ありがとうございます。テストは頑張ります」

 赤石母の目の下はまだ赤かったが、小さく笑って手を振った。僕も軽く会釈しつつ、赤石家から出た。

 赤石母は僕が赤石を探そうとしているのに気づいていた。止めたりしなかったのは、ただ探してほしかったのか、僕が止めても探そうとするのを分かっているからだろうか。

 僕は学生だし遠くに知り合いもいないから、自分で探せる範囲は小さい。だから、僕は自分の周りから探していこう。もしかしたら、赤石がどこに消えたのか、その足跡を探ることが出来るかもしれない。

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