5年前⑦
次の日、朝のホームルームのギリギリの時間に僕は教室に入った。
教室を見渡す。晴子は、今日もいない。
窓際の自席に着く。教室が普段より騒がしい。皆、普段より落ち着きがない感じがする。
少し不思議に思いつつも、机に突っ伏した。昨夜は変な夢のせいで寝不足だったし、誰とも喋りたくなかった。
担任教師の原田はホームルームの時間になっても教室に来ず、一時間目の時間になってしまった。教室も騒がしいままだった。
流石に僕も不思議に思って、前の席に声をかけた。
「なぁ、なんか原田来んの遅くね?」
前の席の男子生徒は目を丸くした。
「え、知らないの?」
「何が?」
本当に知らないのかという顔をする男子生徒に、少し苛つく。一体なんだって言うのだ。
男子生徒は周りにチラチラ視線を遣りながら、やや声を顰めて言った。
「赤石が昨日から家に帰ってないらしいから、多分それだよ」
僕は予想外の方向から殴られた気分だった。赤石が?
赤石が昨日から行方不明であると教室に入ってきた担任の原田が疲れた顔で言ったのは、それからまた三十分ほど経った頃だった。
教室がより一層ざわめく中で、僕は一番驚いていただろう。
「今日は二限から授業をします。皆さん、赤石のことが気になるのも分かりますが、授業は授業で集中して受けてください」
原田がそう言って、かなり遅くて長いホームルームが終わると、原田は僕を廊下に呼び出した。クラス中が息を呑むのが分かる。なんで、あいつがって言う声が聞こえた気がする。僕は動揺を顔に出さないようにして廊下に出る。
「赤石が最近なんかあったか、知らないか?」
僕が廊下に出て、すぐに原田はそう言った。僕は冷や汗が流れるのを感じた。
「なんでそんなこと聞くんですか?」
僕はなるべく平静を保ちつつ聞く。原田は一瞬苦しそうに破顔してから、言った。
「ここだけの話、ここら辺は田舎すぎて目撃情報は集まりにくいだろ?それに、事件性があると断定されない事は、警察もあまり真面目には相手にしてくれない。もうご家族と警察が主導して、捜索が始まっているが、どこに行ったのかについてあまり見当がついていないんだ。そんな状況だから、部活が一緒で仲がいい鈴鹿とかに聞いて、少しでも情報とかを仕入れたいらしいんだ」
なるほど。一理ある。
そもそも、クラスで行方不明者が出たとして、次の日にクラスでそのことを話すというのは基本的にはしないと聞いたことがある。しばらく学校に来なくて、勝手に噂が広まるということはあるかもしれないが、学校から、このように大々的に発表することはない。
では、なぜ今回、このような形で生徒に知らされたのか。
他ならぬ家族の希望だ。赤石の家族が何としても、行方を探そうとしている。そのため、出来るだけ情報を集めるために、このような形で失踪がクラスで発表し、少しでも多くの情報を得ようとしているのだとホームルームの時間に原田は言っていた。
僕は迷った。最近赤石にあったことなんて、僕に思いつくのは例の浮気に絡んだ事くらいだ。それを話すべきなのかどうか、迷う。
「まぁ、急なことだからな。なんか思い出したりしたら、伝えてくれ」
原田は黙り込んだ僕の肩を少し叩くようにして僕を教室に帰るように促した。どう感じたのかは分からないが、僕が動揺している様子を見て気を使ったのだろう。
教室に戻ると、また視線がこちらに集まった。
「なんで呼ばれたの?」「なんて言われた?」「なんか知ってる事あるの?」そんな言葉が聞こえてきそうなくらいの好奇の視線。僕はそれを無視して、自席に戻る。
頭が混乱していた。赤石が失踪だって? なんで今更? そもそも、なんで失踪したのか? 頭の中を色々な疑問が渦巻いていた。
僕は目頭が熱くなるのを感じた。流石にここで泣くのは情けないと思い、ヒートアップした思考を抑えることに集中する。
とりあえず、頭を冷やそうと思い深呼吸をした。考えるのは落ち着いてからにしよう。
少し冷静になったのを感じると窓の外に視線を移す。
下級生はもう授業が始まっていて、グラウンドでサッカーをしていた。ちょうど、蹴り出せれた球がタッチラインを割って、スローインから試合が再開される。得点シーンを見逃さないようにしっかり見ていよう。
授業は予告通り二時間目から始まった。学年主任の佐々木はあつい、あついと言いながら額に汗を浮かべながら教室に入ってきて、特に赤石の事には触れずに英語の授業を進める。
授業が始まってもクラスは落ち着きがなく、各所から喋り声が聞こえた。佐々木も普段は注意するが、今日に限っては仕方ないと割り切っているのか、特に何も言わなかった。僕も内心穏やかではなかったため、クラスの大多数同様、授業に集中できなかった。
頭の中では、ずっと無駄なことだと思いつつも赤石のことを考えていた。赤石がどこに行ってしまったのか知りたくても、学校では何も分からない。放課後にどうしていたかについても僕は知らない。当然だが、何も有益なことは考えられず、ただどうでもいい妄想みたいな物を考えていた。
赤石の失踪に関しては、僕にとってかなり違和感があった。それは、赤石が家出なんかして逃げ出そうとするだろうかということだ。自殺とかはもっと、考えられない。だって、昨日の赤石は元気そうだった。
そうなると…、事件に巻き込まれたというのも十分考えられるのではないだろうか。
世間を騒がしている失踪事件だとかもある。それに最近は田舎町でも外を出る時にはある程度の防犯を意識しなければならない時代だ。赤石は身体能力は恵まれているが、犯人が武器を持っていたら分が悪いだろう。
とは言っても、今予想しても結果が出ないのは知っている。僕は額を拳で軽く叩いて、無理矢理に回る思考を止めた。
頭に余裕を作ると、僕はここ最近赤石についての懸念が湧いては、消える事なく沸き続けていることに呆れた。最初は赤石の浮気疑惑を聞いてから、それを晴子に伝えるかで悩んでいた。今は、その悩みの種であった赤石が消えて、それでまた悩まされている。
赤石の軽薄そうな顔が頭に浮かんでくる。赤石が昨日みたく、晴子との一件を簡単に終わらせて笑い話にするのには、正直かなり嫌悪感を覚えた。しかし、よくよく考えると、僕にとっての赤石像は元からそんな感じだった。前の日に喧嘩をしても、次の日には普通な顔をして喋りかけてくるのが赤石だ。僕や周りの人は動揺するし、温度差の違いは時に、より関係に歪みをもたらすこともある。けど、僕は赤石の、そのような禍根を残さない、どこか気持ちの良さを感じる程の自分勝手さを、気に入っていた。
僕は昨日まで赤石と会話すらしたくなかった。晴子のことを不憫に思って意地になっていた。
しかし今は話したかった。おそらく赤石の性格ならまた僕と、普通に喋ってくれるだろう。
終礼後、僕ははスマホをバックから取り出し、赤石にラインを打った。
『暇な時あったら、遊びに行こうぜ』
もう一度、文章を読み返してから彼の無事を祈った。
しばらくしてから、そういえば来週には中間テストがあることを思い出した。
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