5年前⑤
小学生の頃、晴子がクラスの何人かから陰口を言われている現場に居合わせたことがある。
その時の晴子は、特に変わった様子はなかった。少なくとも周りからはそう思われただろうし、実際いつも通り算数のクラスでは我先にと手を挙げ発言していた。精々、陰口を言っていた奴にはあまり喋りかけなくなったくらいだった。
だが、なんとなく晴子が傷ついていることは分かった。
言葉や態度は変わらずともなんとなくいつもと違うふうに感じた。幼馴染の勘、としか言いようのない感覚だ。
幼稚園生くらいの頃、彼女がうちの近くの引っ越して来てから、幼馴染として生きてきた。
小学生になると、同性で遊ぶことが多くなった。けど、廊下ですれ違えば喋るし、なんなら偶に僕の母親と晴子と映画を見に行ったりもした。
中学生の時には、僕にも晴子にも恋人が出来た。けど、人気のアイドルのライブに二人で行ったりもした。朝の始発で出発して、最寄駅に着いたのは終電だった。
高校生になる時の志望校選びも一緒にやった。松陰高校は成績的には問題なく二人とも受かるレベルだったので、僕らは背伸びして頭の良い高校を目指さず、受験勉強はそこそこに進学した。
僕らは、なんだかんだ言ってずっと仲が良かったのだ。恋愛感情とかは無く、あったのは長く二人でいるからこその、信頼。
でも、その信頼を壊したのは僕だ。
昨夜、錦が赤石を殴り続ける晴子を無理矢理引き剥がした後、晴子は砂浜に座り、俯きながら無言で泣いた。涙を手で拭ったりもせず、ぼうっとしていた。そして、しばらくすると唐突に立ち上がってどこかに行ってしまった。
赤石は顔面を殴られて出た鼻血が顔全体に飛び散り、固まっていた。晴子がどこかに行くと頬を抑えながら立ち上がり、僕らには何も言わずに家の方向へ帰っていった。
浮気女はというと、赤石が殴られているうちに走って逃げてしまった。
取り残された僕と錦はそのまま、あまり喋らずに帰った。
二人して放心していたのだと思う。
これから、赤石と晴子の関係がどうなるのか。赤石と僕、晴子と僕の関係はどうなるのか。色々考えながら家に帰った。
赤石を殴り続ける晴子。僕でも初めて見る晴子の激情は僕を動揺させるには十分だった。
そして今日、晴子は学校を休んでいた。出席を取る時、体調不良だと担任が言っていたが十中八九、仮病だろう。心配する反面、安心した。晴子に会うのが、怖かった。
一方、赤石は鼻に絆創膏を着けて、朝礼前に学校にやってきた。
赤石は鼻の絆創膏以外にも、唇が切れたのか口周りに瘡蓋みたいなのがあり、顔全体が腫れていた。いかにも、喧嘩しましたという雰囲気だ。
そんな赤石の様子を見て、クラスでは面白半分で何があったのか聞く者が絶えなかった。赤石は適当にあしらっていたが。
昨日の海岸での出来事は、あの場にいた者だけで収まる。それだけが正直救いだった。表にさえでなけば、仲間内でなんとか話がまとまるかもしれない。
しかし、昼休みになると、「赤石のあれって白井がやったって本当?」とクラスの男子から聞かれた。赤石には聞こえないように声を潜めている。
驚いてどういう事か聞くと、どこからか赤石と白井が喧嘩になり、その場に僕と錦がいたという話が広まっていた。
色々周りの人に聞き込むと、噂を言いふらしている者がいることが分かった。
弁当を腹に流し込み席を立ち廊下へ出る。教室の視線がばっと集まった気がした。
昼休みの放送で、流行りの男性アイドルの曲が流れている中、その人が在籍するクラスのドアを開け、近くの人に声をかけ呼び出してもらう。
「おーい、竹下呼ばれてるよ」
周りの女子と弁当を食べていた竹下と呼ばれた女子が顔を上げ、不快そうに顔を歪めた。竹下と呼ばれた女とは初めて会ったが、顔に見覚えがあった。
赤石の浮気相手だ。
周りから冷やかされながら、廊下に出てきた竹下はまず舌打ちした。
「困るんだよね。変に勘違いされるし」
「それは悪かった。どうしても聞きたいことがあって」
そう言ってから、僕は竹下の姿をよく見た。昨日は暗かったのでよく見えなかったが、竹下はまあ美人の部類に入るだろう。髪は短く、ボーイッシュな雰囲気で吊り目が特徴的だ。晴子とはタイプが違う美人という感じで、喋り方はサバサバした印象を受けた。
竹下は少し周りを見回してから小声で言った。
「昨日のことでしょ」
「うん」
僕も合わせて声を静かにした。溜息をついてから竹下は言った。
「そうよ。和馬が浮気してたのは私。でも勘違いしないでね。私、あいつに彼女いるの知らなかったんだから」
彼女が言うには、告白をしたのは竹下側で赤石と交際し始め、つい最近、友達から聞いた話で赤石に彼女が別にいることが判明したが、本人に聞くのもなんだか怖かったし、なにより本人達が好きあっていたため何もしなかったとのことだった。
「そもそも付き合い始めた頃からおかしかったのよ。こっちの教室には来るなとか、一緒に登校するのも断ったりとか。まあ恥ずかしがり屋なのかと最初は思ったけど」
流石に浮気がバレることは警戒していたようだ。赤石にしては、かなり几帳面に竹下に言い聞かせていたらしい。
「いつから付き合い始めたの?」
竹下は少し考えるようにしてから「去年の11月かしら。体育祭の実行委員で仲良くなってからだから」と答えた。
なるほど半年くらいか。赤石の徹底ぶりからして、デートというか恋人らしいことをするのは休日だけだった筈だが、晴子と赤石が付き合っていることを知っていた奴がどこかで竹下と赤石が親しげにしていたのを見ていたことがあってもおかしくない期間だ。半年も隠し事をすればボロも出てくる。
「もう良い? 教室帰っても」
竹下は一刻も早くこの場を去りたいみたいだった。片足を浮かしている。
「待ってくれ。あともう一つ聞きたい」
僕は竹下の目をまっすぐ見据えた。竹下は目はうっとおしそうに細めた。
「なんで昨日の話を広げた?」
あの話で一番、誰が損をするのか。赤石に決まっている。浮気でも仮には恋人同士であったはずの赤石の肩身が狭くなるかもしれないのに何故わざわざ広めたのか。それが不思議だった。
すると、竹下はなんでもないようにこう返した。
「いや、元から和馬の浮気は話題になってたから、それが完全にバレたから私はあくまで、知らなかったんだっていうのをアピールしといた方がこれからの私の位置的にはいいでしょ?」
僕は引っかかるところを覚えて聞き返す。
「いや、バラさなかったら、仲間内だけでなんとかできたかもしれないじゃん。別にバラす必要なかっただろ?」
竹下が目を丸くした。
「あれ? 復讐とかそういうのじゃないの? 浮気の。てっきりあんたと錦って奴とあの女が組んでたのかと思った。和馬の浮気を言いふらして復讐みたいなのじゃないの?」
あの女というのは晴子のことだろう。
「いや、別に僕と錦は、晴子とは手なんか組んでない。逆に晴子がいてびっくりしたくらいだよ、こっちは」
「え、じゃあなんであんたが尾行なんかしてたの?」
「え?」
思考が固まった。
「あの女と復讐するとかなら、頼まれて尾行もやるかもしれないけど。なんで、頼まれもしないで尾行なんかしてたの?」
心底不思議そうに竹下が言った。僕はたじろぎつつも、言葉を紡ごうとする。
「ただ気になったからだよ。それ以上でも、それ以下でもない」
少し悩んで僕は弱々しく言った。
それを聞いて竹下は目を細めて、どこか馬鹿にしてそうな顔で言った。
「よく知らないけどさ、あんた、あの女と昔から知り合いなんでしょ? 和馬とも友達なのに、そんなことしたんだ。ただ好奇心で?」
胸を突かれた思いだった。
「私がいうのもなんだけど、結構酷いと思うよ。君も」
俯いた僕にそう言って、竹下は教室に帰って行った。
昼休みより後の授業は全く集中出来なかった。古文の授業は普段にもまして異国語を聞いている気分だったし、数学は諦めて聞いてすらいなかった。
今日は晴れていたので暖かく、食事後なことも相まって、うとうとしている奴も多かった。僕も眠たかったが、途中から太陽が隠れてしまって、窓際の僕にとっては寒くて寝る気も失せてしまった。
それから、もう赤石に喋りかけたり怪我について尋ねる者はいなかった。
皆、もう知っているのだと悟った。赤石の浮気疑惑が事実だったことと、それを知った晴子に赤石が殴られたという事も周知されている。
僕は孤立している赤石を見て、何とも言えない寂しさを覚えた。席で弁当を一人で食べる赤石に対する周りの目線は、浮気がバレて落ちこんでいる事に対する同情か、自業自得だと馬鹿にする物か、どちらかは分からなかった。ただ、もう違う扱いを受けるのだろうなと思った。
僕は赤石に何度か喋りかけようと思った。だが、海岸で僕に何も言わずにあの場を去った赤石からはどこか拒絶的なものを感じた。僕を友人というよりは秘密を暴いた敵とみなしたのかもしれない。このまま、赤石とは関係が絶えてしまうのではないかと思いつつも、怖くて声がかけられなかった。
授業が終わり、HRも終わった。
後ろの方に目を向けると、赤石はすぐに荷物をまとめて教室を出ていた。
僕もスクールバックを後ろに担ぎ、教室を出た。
人が多く騒がしい廊下の人の間を縫って、急いで部室に向かった。けれど、そこには誰もいなくて、ただ部室の壁に染み込んだ汗の匂いだけが僕を迎えいれていた。
僕は部室の真ん中にぽつりと置かれている椅子に座った。そして、ため息をつく。
「何やってんだろう」ふと、無意識にそう口に出していた。
最近自己嫌悪してばっかだなと自嘲する。何をするにも遅くて、後悔する。今日だったら、赤石に喋りかけなかったことに対する後悔だろうか?
頭の中では竹下の言葉を反芻されていた。
『私がいうのもなんだけど、結構酷いと思うよ、君も』
その日の部活が終わり、電車の座席に座っていた。
意外と部活では赤石のことは話題にならなかった。
部活の前に「赤石先輩遅いっすね」と言った後輩は「今日は体調不良で帰るって」と黛に言われていたくらいで、それだけだった。後輩達には、流石に例の話が広まっていないようで少し安心したが、どうせ、いつか知られるだろうとも思っていた。
僕が気になったのは黛が昨日の話を知っているのかだ。
噂を聞いているのだったら、その場にいた事もセットで話が出回っている僕に遠回しにでも聞こうとするような気がする。
今日は、久しぶりに錦とではなく黛と二人で下校した。いつ赤石についての話題が出されるのか、内心ドキドキしていた。
しかし、話の内容はもっぱら、お互いの定期テストの勉強状況についての話題だった。今日の部活を最後に、僕らの学校は定期テスト一週間前の部活停止令が全部活に言い渡される。再来週の月曜日からテストが始まるのだ。テストが近いからテストの話をする。高校生の話題選びとしては自然な流れだ。
後輩もいる部活中だと聞きづらい。けど、二人きりでの下校中なら、それこそ尾行されていない限り、会話は聞かれないのだから聞きづらい話題を出すには絶好の機会だ。
それでも、黛は聞いてこなかった。やはり黛は知らないのだろうか。
電車は空席が多く、どこかもの寂しい雰囲気があった。古い車種だったのか、シートも心なしか、くたびれている気がする。
電車が最寄り駅に近づいた頃、足元のバックから甲高い着信音が鳴った。
バックを開けてスマホを確認すると、ラインしてきたのは晴子だった。
『部活終わったらで良いから、家の近くの公園に来て』
心臓が跳ねた。
最寄り駅で降りると、周りにいる人の中で一番顔色が悪いのは僕ではないかと思った。
時刻は既に八時過ぎであり、ラインが来たのが六時台だったことを考え、まさか、ずっと待っているわけではないだろうと思い、『そろそろ着く』と伝えておく。
改札を抜けると、大きく息を吸った。潤った空気に涼しい風が混ざり、不思議な爽快感があるのが、逆に不快だ。
駅前には昔ながらの商店街がある。普段は程々に活気があるのだが、時刻も遅いし、そもそも年中シャッターが下りている店もあるため、なんだか幽霊が出そうな物々しさが出ている。
歩き慣れた道を歩く。あたりには足音と、風がコンクリートの表面を擦る音のみが聞こえた。
暗くて、静かなものだから神経が過敏になって、前から来た車のライトが眩しく感じて舌打ちをした。
待ち合わせ場所の公園にたどり着いた。公園全体を見渡してみて、まだ晴子が来ていないようでとりあえず安心した。
遊具が数個しかない公園。四角い形をしていて周りには車道がある。子供の頃は広く感じた筈なのに、歩いて十秒もしないで端から端まで歩けてしまう程、狭い。
なんとなしにブランコに腰掛ける。鎖が軋む音が聞こえる。
鎖を手で触ると錆びついていて、ひんやりしつつザラザラしていた。
ブランコの仕切りを跨いだ先には砂場がある。幼少期ここで晴子とは、よく遊んだものだ。ブランコ、ジャングルジム、そして砂場。どれをとっても遊んだ記憶がある。
幼少期の僕は泥団子を夢中で作っては帰る時には壊し、また次の日には作り直していた。無意味な行為だが、当時は楽しかった。
昔を思い出すと、自然に頬が綻んでいて、少し気が楽になっていた。肩の力が抜けたような気がする。
スマホを確認しても、晴子とのラインが既読にならない。夕飯の時間なのかもしれない。仕方ないから晴子が来るまで待つことにしよう。
ブランコを軽く揺らしながら、スマホを弄った。
タイムラインには芸能人の不倫が面白おかしく記事にされていたり、隣県にて、連続行方不明者が出たとのことだった。最近この近くであった失踪事件とも関連性も疑われているらしい。
読み進めると、男子小学生、高齢男性、女子中学生、中年女性など全く関係がない人達が連続で失踪しているらしい。確かに以前の事件も全く面識もない人達の失踪だった。確かに、この二つの件の連続失踪事件に、何かしらの関係があると疑ってしまうのもよく分かる。
それでも別に深刻みを感じず、プロバスケの試合のハイライトの動画を検索した。子供がいる親とかなら、我が子の心配をするだろうが、僕は特に気にならなかった。所詮、他人事だ。いや、中年、高齢の方も失踪しているわけだから、完全に無関係なわけではないか。高校生の僕も全然、対象だ。
でも、別に対岸の火事っていう感じだ。僕には関係ない。
「何見てるの?」
画面の黒人選手が凄まじい迫力のダンクをするとともに、頭上から聞こえた声にびっくりする。顔を上げると晴子がいた。
「ああ、バスケの試合見てた」
少し声がひっくり返った。
「ごめんね、ご飯食べてて通知気づくの遅れちゃった」
「いや、大丈夫」
晴子は申し訳なさそうな顔で謝った。僕も、何故か申し訳ない気持ちなった。
晴子の様子は、僕の目からはいつもとあまり変わらないように見えた。普段の晴子なら遅刻を謝るのにそんなに塩らしい態度はしないと思うが、元気そうには見える。晴子は、あまりショックを顔に出さないタイプではあるけど、やっぱりある程度安心した。
「今日もいつも通り部活あったんでしょ? お疲れ」
「うん。いつも通り疲れた」
「まぁ、私は学校サボってるんだけどね」
「それ、笑っていいの?」
しれっと言った晴子に僕も軽口で返す。
晴子も横のブランコに座った。晴子はTシャツにスポーティな半ズボンを履いていて、いかにも部屋着って感じだった。
晴子は体を後ろに反らせて、勢いをつけた。そして、地面を蹴り込んで飛んだ。
晴子は黙々と漕ぎ続けた。足を伸ばし、すぐに引く。それの繰り返し。
ブランコはすぐに幅の広い振子運動になった。
「和馬と昨日電話したんだ」
僕は軽くブランコを漕ぎながら無言で聞いていた。晴子は言葉を選ぶみたいに、少し言葉を詰まらせてから、また口を開いた。
「和馬、しばらく前から、浮気してたんだって。最初は出来心だったてさ」
「うん」
「浮気相手、知ってる?」
「B組の竹下って奴だよ、今日喋ったから」
「へぇ、どんな子?」
「なんか気が強そうな奴だった」
「なるほどね、私は飽きられたのか」
「頑張って甘えてみたりもしたんだけどなー」と晴子は言った。顔は見えないが、晴子はくすりと笑った気がした。
「昨日、和真から別れたいって言われたんだ」
「え?」
僕は顔を後ろに向けて、晴子の方に振り返るが、晴子はすぐにブランコで前に流れていってしまった。
「家帰ったら、電話かかってきて。あっちと付き合いたいからってわけじゃなくて、ただ私に申し訳なくて合わす顔もないから別れたいってことで。まぁ、私も気まずかったから良いですよって感じで別れた。思ったよりさっぱりした気分だよ、身軽な感じがする」
「そっか」
晴子はブランコの勢いを止めなかった。僕も居心地が悪いから、誤魔化すようにブランコをこぐ。
そうか、赤石と晴子は別れたのか。それを知ると、なんとなく僕は寂しい気持ちになった。
公園の前を車が走った。大きな音を立てて通るのを、僕も晴子も通り過ぎるまで待っていた。暗い中で車のライトがやけに眩しく感じられて、顔を伏せていた。
晴子は両足を地面に擦り付けて、ブランコの勢いを弱めた。
「昨日は変なところ見せてごめんね」
「いや、僕こそごめん」ほぼ脊髄反射だった。
「優希達がいるから、冷静にしようと思ってたんだけどね」
晴子は勢いが弱くなったブランコから飛んだ。僕はハッと顔を上げる。
「本当は、前から優希達が和馬を尾けてるの知ってたんだ」
「え?」
着地した晴子が言ったのに、僕は固まった。
「私、和馬にはやっぱり直接は聞けなくて、でも、どうしても知りたかったから、ちょっと前から尾行なんて始めたんだけど、そしたら優希達もいたからびっくりしちゃった」
晴子は背を向けてこっちを見ないで喋っていた。僕も彼女を見れなかった。
「最近、和馬のラインが遅かったりとか、なかなかデートしてくれなかったりとかあったけど、やっぱり部活も忙しいし三年生だから何かと立て込むこともあるのかもって思ったんだけどね。ちょっとそれでも女の勘みたいな? 違和感みたいなのがあって、やっぱり調べてみたら浮気でしたみたいな。予想してたけどショックだったわ」
「本当にごめん」
僕は思わず立ち上がっていた。突き動かされるように無意識に。
「僕が錦と調査したのは、晴子のためでもなんでもない。ただの好奇心だ。僕は晴子の気持ちとか、全部踏み躙って、あんなことをしたんだ。本当にごめん」
思わず声が大きくなった。
晴子に謝らなければいけない。それだけが頭の中にあって、言葉は勝手に口から出てきた。
ゆっくりこっちを向いた晴子は、泣いていた。
家に帰って、ご飯を食べて、風呂に入った。
ぬるま湯が半身を覆っていても、腹の底が冷たい。
後悔、羞恥心、罪悪感。色々なものがごちゃごちゃになっていた。
なんで、晴子に対する裏切りみたいなことをしたんだろう。なんで、浮気現場を見た時僕は喜んでいたんだろう。なんで、今日も泣いている晴子を慰めたりとかしなかったんだろう。あんな言い訳だけして帰るみたいなことして、つくづく僕は最低だ。
せめて、赤石と晴子の間に入れば良かった。なんなら、赤石の浮気など完全に知らないふりをした方がマシだった。
晴子は僕に幻滅しただろう。幼馴染が自分の不幸を笑ってると知って、失望しない訳がない。
晴子が気丈なように見えて、内に繊細な心を持っているのを僕は知っていた。僕は彼女の幼馴染として、彼女を理解しているつもりだった。なのに、彼女に寄り添うのではなく、あろうことか彼女を傷つけた。
今までの信頼を全て叩き潰して、晴子から嫌われる。
『私がいうのもなんだけど、結構酷いと思うよ、君も』
「っ…!!」
風呂の水面に拳を叩き落とした。水面はドボンと音を立てて顔まで水滴を飛び散らせ、肩くらいまでの水柱が上がる。
赤石じゃなくて、本当に最悪で笑われるべきは、僕だ。
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