5年前③

 「スマホを奪う」

 「現実的じゃないだろ」

 僕の提案は、すぐに錦に弾かれた。実際、僕もそう思う。

 「ていうか、なんでだよ」

 「え?」

 「え、じゃなくてさ」

 錦は不機嫌そうに頭を掻いた。

 「さっきまで、お前が暗い顔してたから、気を遣ってたんだよ、俺は。それがどうした。今のお前は」

 「ああ」確かに、さっきまでの僕とは、あまりに態度が違い不自然だろう。でも、理由はあんまり言いたくはないと思ったから、質問ははぐらかそうと思った。

 僕は、なるべく明るい調子で言った。

 「まぁ、気が変わったんだよ」

 僕の言葉に錦は肩をガックリ落として、大きく息を吐いた。

 昼下がり、暖かい光が窓から降り注ぐ。電車内はうちの学校の生徒が大半を占めており、中には見知った顔もある。暖かい電車内で小刻みに揺れるシートは心地よく、目を瞑れば寝てしまいそうだ。

 錦は息を思いっきり吸いながら、姿勢を戻した。

 「まぁ、お前が良いなら良いけど。いや、良いのか?」

 錦は顔に皺を寄せて唸っていた。いかにも、悩んでいるという感じだ。

 「良いんだよ。僕は何も問題ない」

 「ああ、それもそうだけど…」

 錦は言いづらそうに口ごもっていた。

 「何か浮気調査に気になることがあるの?」

 「…そうなんけどさ」

 尚も錦は言いづらそうにしている。いまいち要領を得ない僕は首を傾げた。

 「良いのか? その…赤石と白井に対してとかさ」

 錦は申し訳なさそうな目をしながら言った。それで気づいた。錦は僕に対して、噂を話したのを後悔していた。そして、きっと、僕の態度が大きく変わったのを心配している。それに、錦は誠実な男だ。調査対象である赤石と晴子に対しても、申し訳なさみたいなものを感じているのだろう。

 僕は言葉を選びながら話した。なるべく、茶化した会話にしない方がいい気がした。

 「大丈夫だよ。僕にとってもそうだし、赤石達もね。しかも、調査つっても、そんな本気な感じじゃなくて、バレそうだったらすぐやめよう。僕もアイツらとも友達だし、何も喧嘩したいわけじゃないから」

 僕は努めていつも通りの表情を作った。これで錦を説得できるかは微妙だと思う。僕は錦の表情を窺いながら返事を待った。一瞬錦の表情に少し葛藤の色が差したが、結局錦は僕に笑いかけながら言った。

 「…なら良いよ。俺も一緒に浮気調査やるよ」

 「おお、助かるよ。ありがとう、錦」

 錦が僕の説得を聞いて、どう思ったのかは分からない。僕の一人で浮気の調査するのは心細いという気持ちを見越してかもしれないが、とりあえずは、手伝ってくれるらしい。

 それから、僕らは調査の詳細について話し合った。


 浮気調査の計画は決まった。

 最初は聞き込みとしてクラスの連中や知り合いとかに赤石の浮気についてさりげなく聞き、得た情報を逐一交換しようということになった。当面はこれだけをすることにした。

 赤石の浮気疑惑は、既にクラスに知れ渡っていた。

 噂を撒いたのが誰かは分からないがやはり一度出回った噂はすぐに広まった。おそらくもう赤石も噂が広まっていることを知っているだろう。

 でも、特に赤石が誰かにそれについて言及したということも聞かなかった。

 僕らは赤石に探っていることがバレないようにかなり慎重に聞く相手を選び、それとなく情報を集めていた。

 赤石の知り合いは多く、普通の話題として赤石の浮気について触れるというのはかなり神経を使ったし、休み時間に色々な人に喋りかけたので時間もかかった。

 そうしていると、大きな壁にぶつかった。

 何も情報が集まらなかったのだ。


 「どうすれば良いんだろう」

 僕と錦は最寄駅近くのファミレスにいた。

 「んー、あ、お前ドリンクバー付ける?」

 「いや、いい」

 錦はタブレットで注文を進める。錦がタブレットを手から離すとチリンとベルの音が鳴り、液晶にはご注文ありがとうございますと表示されている。

 錦がソファから立ち上がり、ドリンクバーの方に行った。

 今日はバスケ部の練習終わりに、図書室で勉強していた錦と合流しファミレスに行くことになっていた。平日のディナーのファミレスはあまり混雑しておらず、二人で四人席に着くことができた。

 最近の僕は部活も朝練もどちらもしっかり出ていた。インターハイ予選が近いため、引き続き部活は意欲で漲っていて練習の熱量も凄まじい。今日みたく帰り道はクタクタだ。

 不思議なもので、教室で赤石と顔を見合わせると少し居心地の悪さを覚えるのにバスケの練習に入ると途端に意識しなくなる事に気付いた。それから、僕は部活に行くのは別に億劫ではなくなった。

 錦は席に戻ってきていて、なにかを飲んでいた。錦のコップの中には、色が透明な部分があったりコーラ的な黒さじゃないものが入っていて、おそらく色々なジュースを混ぜたのだと思うが罰ゲームでもなくそれを一人でやる人は珍しいと思った。

 錦は渋そうな顔でコップを置いて言った。

 「まさか、赤石がここまで情報のコントロールが上手いとはな」

 「浮気の件が嘘なのかもしれないけどな」

 「どういうこと?」錦は数学の教科書を机の上に出していた。話の合間にも勉強する気なのかと僕は戦慄した。

 「単純に浮気の話が嘘だったらさ、浮気に関する噂も出てこないだろ? だって、事実無根なんだもん。誰と付き合ってるとか、どこに遊びに行ったとかの噂が出ないのは当然だ」

 「あー、そっか。なんか、俺赤石が浮気してるのは事実だと思い込んでたわ。じゃあ、可能性としてあり得るのは赤石の浮気の噂が根も葉もない嘘か、赤石が情報を外部に漏らさないように頑張ってるかだな」

 錦の言葉を聞いて、僕は少し考えた。

 「…そう聞くと、後者はなさそうな気がしてくるな。赤石がそんな芸当をできるのかというと…」

 「できないに違いない」錦が笑うのに、僕もつられて笑った。

 喋っていると、店員が料理を持ってきた。錦はフォークにスパゲッティを絡ませて、口に運ぶ。僕はまだ料理に触れず、錦を正面から見る。

 「やっぱり、赤石を尾けるしかないかな」

 錦は口に入れたスパゲッティを噛みながら、僕の目を見た。無言だが、同意しているように見える。

 それは、僕らが前々から考えていたことだった。赤石を尾けて、浮気現場を押さえれば、確定で黒、だ。そうでなくても、色々分かるかもしれないし今みたく段階を追って調査する必要とかもない。

 錦が水を口に含んでから、言った。

 「まぁ、それしかないわな」

 「いつだと思う?」

 「何が?」

 「アイツらがデートしてる時」

 錦はスパゲッティを口に近づけて、止めた。

 「まぁ、休日だろうな。普通」

 そうだろうなと僕は思った。ハンバーグステーキにナイフを入れて、口に運んだ。

 休日に僕らが集まるのは難しい。錦は大学受験に向け、休日は予備校に籠っているし、僕も部活だったり、勉強だったりで忙しい。高校三年生である僕らはそれぞれ進路を決め始めている。各々の生活リズムは違っていて、合わすことは難しい。普段は奇行を繰り返しているくせに錦の成績は優秀で地元の国立大学への進学を狙っている。僕は推薦がほぼほぼ確定していて、都内の私立大学へ進学するつもりだ。それでも、これからの定期テストが酷いと推薦が貰えず目も当てられないことになるため定期テストはやはりそれなりに勉強している。ハードな部活と両立して勉強するのは中々疲れる。

 錦が皿にフォークを置いてから、僕に聞いた。

 「赤石は推薦?」

 「うん、そう言ってた」

 「つまり、休日もある程度は暇…というか余裕がありそうだな」

 「まぁ、あいつは休日に勉強とか、そういう思考回路は持ち合わせてないな」

 錦は腕を組んで難儀そうに唸った。

 赤石も僕と同じく、推薦を取るつもりだ。だけど、赤石は地元の私立大学への推薦を考えているため、こう言ってはなんだが、僕が志望する東京の大学に比べ基準は甘い。定期テストでは赤点こそ取らないものの、クラスで下の方の成績だ。

 「ま、放課後にダメ元で尾けてみるか。同い年の浮気相手だった場合、休日はやっぱり勉強したいだろうから、放課後デートの可能性は大いにあるし」

 黙った僕に対して、錦が言った。錦は既にパスタを食べ切っている。

 「そう…だな。それしかない気がする。休日に尾行するのは流石に面倒だし」

 「うん。面倒だな。休日は」

 錦は机の上の参考書を見てから、少し笑った。

 それから、僕らの横の席に、幼稚園生くらいの子供一人を連れた家族が案内された。家族連れの横のテーブルで尾行云々の話はなんだかまずい気がしたので、僕は食事に集中することにした。

 子供がはしゃぎながら、メニューを指差し、夫婦はそれを見て微笑む。店内はこの家族の喋り声に合わせて、少し声量が増したように感じる。スーツ姿の男性客や老夫婦も、少し声が大きくなる。

 「それにしても、カフェオレと野菜ジュースの組み合わせはやばいな。飲むだけで胃の壁が痙攣するレベル」

 「そんなん、試そうと思わないだろ…」

 錦のコップは空になっているが、苦みと甘みが一切噛み合うことなく同居していたコップはなぜか禍々しい気配を放っているように感じた。

 僕は外の太陽がまだ落ちきっていないことに気づいた。つい前の部活終わりの時には真っ暗だったのに。

 近頃、ますます暑くなってきて夏が本領を発揮しだした。インターハイも近くなっている。


 「おはよう、鈴鹿」

 「おお、赤石。おはよう」

 「黛は一緒じゃないの?」

 「多分、先に来てるんじゃない? 鍵持ってるの、黛だし」

 朝、僕は自主練のために早めに登校していると、眠たそうな赤石と校門前で会った。赤石とは普通に喋れているつもりだが、尾行している負い目から僕はやはり多少緊張していた。

 そんな事は知らない赤石は普通に僕に話しかけてきた。

 「鈴鹿、中間テストどう?」

 「あー、まぁまぁ勉強してる」

 「マジか、仲間だと思ってたのに。俺全く勉強してない」

 赤石は驚いたようにそう言ってから、胸を張るように背筋を伸ばした。

 「鈴鹿、俺は高校生活の最後を楽しみたいんだよ。それだけなのに勉強は俺からその自由を奪おうとするのは酷いと思わないか?」

 「出た、未成年の主張」 

 「うるさいな。今は高校が俺達の自由を奪っている事についての話だ」

 「赤石、高校は勉強する所だぞ」

 「そうつまんないこと言うなって。俺達、まだ子どもじゃん? 確かに学生は字の通り、学に生きるべきものなのかもしれないけど、社会に出たら遊ぶ余裕なんてないんだろ? どうせ、後になって会社にボロ雑巾になるまで働かされるんだったら今のうちに元気を蓄える意味でも、遊ばないと後悔するぞ」

 「そんな世の中の会社の殆どが真っ黒なわけじゃないと思うけど…」

 「だからさ、俺は最低限しか勉強しないんだよ」

 結局、そう言う方向に話を持っていくのか。僕は呆れながら口を開いた。

 「まぁ、良いけど。自分でも、ちゃんと勉強しろよ。推薦落としたらお前やばいぞ」

 「ドライだなー。でも、数学は教えてください」

 「はいはい」

 赤石と僕は体育館の前で外靴をシューズに履き替える。体育館前は僕ら以外の人影がない。朝の学校特有の本来、人がいるはずな所に誰もいないような、不思議な感覚がした。

 「推薦落ちるー」

 近所迷惑なくらい大きい声で赤石が言った。我が高校が丘の上にあって良かったと思う。

 「何、和真赤点取りそうなの?」

 ドアを片手で開けつつ、黛が体育館の中から顔を出す。

 「おー、来年からお前の会社でお世話になるかも」

 赤石はケラケラと笑いながら言うが、縁起でもないため苦笑する。

 黛の家はこの辺りに、会社を持つ社長一家だ。曽祖父から続く会社は、今の黛の父で三代目である。家の後ろには裏山もあり中には入ったことはないが、外から見ると高い壁の奥の庭には松が植っている。家も和風な趣でいかにも、この辺りでは名家と呼んで差し支えない黛家らしい家だ。

 僕が体育館に入る時には、先に入った赤石はボールを突き始めていた。どうやら先に来た黛が一通り用意していてくれたらしい。僕はボールを持つ前に軽くアキレスを伸ばす。

 埃っぽい体育館の空気を吸いながら、足を後ろに伸ばす。

 「なぁ、黛は一般受験だろ。大丈夫なのか?」

 赤石がスリーポイントのエリアからボールを放ちつつ言った。

 「うん。まぁ、週一のオフと部活終わりに勉強してなんとかしてるよ」

 「流石。天才」

 「そんなんじゃないよ」赤石の茶化しに黛はなんでもないように言うが、げに恐ろしい事だ。部活が終わって帰る時には良い子が眠り始めるくらいの時間になることはザラだし、第一、部活終わりには体がクタクタで勉強する気になれない。さらに恐ろしいのは、彼がそれでいて成績優秀である点だ。

 「やっぱ、黛に数学教えてもらおうかな」

 「ん?」 

 黛は赤石の言葉に首を傾げた。

 一方、僕は赤石に非難の目線を送った。

 アイツめ、僕では教えるには足りないと暗に示しているのか。なんなら教師を僕から黛にチェンジしようとしているのか。僕は邪念を送るような気持ちだった。

 すると、赤石は僕の視線を感じたのか「いや、さっき鈴鹿に数学教えてもらおうと思って頼んでさ。でも、俺数学嫌いだし、いっぱい教わることあると思うしやっぱ鈴鹿だけだと負担が大きいだろうから、黛にも相談しようかなーって思ったんだよ」と弁解した。

 僕はボールを持ちあげスリーポイントラインに立ち、言った。

 「良かったわ。赤石に二股かけられたかと思った」

 僕はボールを放った。二股というのは、特に赤石の浮気疑惑の件と絡めたつもりもなく口をついて出た言葉だった。

 僕の気のせいかもしれないが、その言葉に視界の端の赤石の肩が震えたように見えた。


 放課後、部活の練習が終わり赤石と黛と一緒に追加の自主練をしばらくした。

 それも終わると、用具を片付け電気を消して体育館を出た。

 「あっつ」僕は思わず、声を漏らした。

 六月間近の空気は蒸し暑く、体育館の方がクーラも入っていて涼しい。少し前まで、外が涼しくて寒かったほどなのに。

 部室まで歩く間に、黛はタオルで顔を拭いながら言った。

 「やばい。まじで暑いね」

 「地球温暖化だな」

 赤石は適当そうに言ったアホっぽい言葉に少し僕は笑った。

 地球温暖化で確かに年々気温は上がっているらしいが、今暑いのは、やっぱり夏という時期だからではないかと思った。

 『終わったら連絡して』

 スマホに錦から連絡が来ていたので『練習終わった。今から着替え』と返す。

 ところで、黛は気づいているのだろうか。

 晴子がもう部活終わりに、僕らにここで声をかけてこないことに。

 

 「錦。お疲れ」

 「うい、お疲れ」

 着替え終わると錦と合流した。汗を拭ったつもりだったが、暑いからかまたじんわりと汗をかいてきている気がした。制汗スプレーをしてはいるが、一応袖の匂いを嗅いでおくと柑橘の香りがした。

 「よし、早速追うか。うわ、蜜柑の匂い」

 「パッションシトラスだ」

 「スタバみたい」

 どうでもいいことを言いながら歩いた。今日が初めての尾行だった。

 赤石と鉢合わせないように、あまり急がず僕らも校門を潜り暗い坂を下りた。ほどなくして、赤石達の背中を見つけたので、距離を保ちつつ、僕らは後ろに続いた。

 赤石は後輩のうちの一人と大きい声で喋っていた。赤石とその後輩の声が大きくて、ここまで聞こえるのに対して、黛は口が動いているためしゃべっているはずだが、こちらには聞こえてこない。

 しばらく僕らは無言で赤石とは距離を保ちつつ、歩いた。尾行とは言っても空はもう暗い朱色になっていたから、わざわざ隠れる必要も感じなかった。ただ声を聞かれたら流石にバレると思ったから、僕らは喋るのも原則、禁止ということになり、喋るならせめて小声でと事前に決めていた。

 丘を下りきり国道に入るのを見送り、また待った。

 傾斜がある丘道とは違い、国道は一直線で道が広く見晴らしがいい。これでは、彼らのうち誰かが後ろにいる僕らに気づく確率が高すぎる。そのため、僕らはとりあえず赤石が道を逸れるタイミング、すなわちグループから外れて一人になるタイミングを待つことにした。幸いにして、というか図らずして僕は国道に出てから赤石が家に出るまでの歩数を知っている。五十歩台だった、たしか。

 「じゃ、俺はここで」

 前後の会話は聞こえなかったが赤石の言ったその部分だけ聞こえた。いや、赤石が別れる時に、いつも言うから分かっただけかもしれない。黛や他の後輩もまた国道に沿って歩き続けた。赤石は一人になった。

 赤石が国道から出ると、僕らもまた歩き出した。国道から幅の広い小道に入る。あたりは住宅地で、飲食店の一軒もない。ゆっくり海の香りが濃くなるような気がしながら、僕らは赤石から見つからないよう電柱とか壁に隠れつつ、尾けた。

 「はいオーライ。対象、Aポイント通過」

 「映画で確かによく見るけども」

 錦はしばしば無線で通信していたから、毎回小声でツッコミを入れていた。

 「対象、DポイントからKポイントへ移動。自宅前です」

 「アルファベット適当すぎるだろ」

 「…。赤石、何もなかったな」

 「ああ、着いちゃったな」

 赤石はまっすぐに帰宅した。僕らは赤石が入っていた家を見上げた。

 クリーム色の屋根の二階建て、庭にはバスケットゴールがある。何の変哲もない普通の家と言う印象だ。

 僕らは国道に引き返し帰路に着いた。空はもう真っ暗になっていて星を探すが雲があるのか一つも見つからなった。

 「まぁ、浮気の証拠が出てこなくて良かったな」

 錦がそう言うから、視線だけ右に向けると錦も顔を空に向けていた。錦は続けた。

 「ただ尾行しただけになっちゃったけど、俺は楽しかったよ」

 「そうだな」

 僕もそう思った。錦の言葉は気を遣っていったのかもしれないけど。

 友人の浮気調査というのを抜きにしても、尾行なんてしたことがなかったからなんだか新鮮な感じがして楽しかった。

 これから僕らはしばらく浮気調査を続けて何も成果が出なかったら、僕らの中で赤石は浮気はしていないと判断することにしていた。でも、赤石が浮気していないということにした時に錦につまらない思いをさせてしまうと少し心配していた。浮気がデマであった方が良いのではあるが、成果が出ないものをやり続けるのは苦しいし、つまらない。

 けれど、今日の錦の様子を見るに心配は杞憂だったように思える。錦と歩幅を合わせて歩いたり、電柱にふざけながら隠れたりするのは僕も楽しかった。

 この遊びをしばらく続けて何も成果が出なくてもそれでも良い。というか、そちらの方が良いと思った。

 「帰る時間電話しよっと。オーライ、お母さん今から帰ります」

 「スパイ一家なの?」

 ふと、上の方から風が吹いた。されど、雲は消えず星を隠していた。

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