第5話 ウィスとスライムの関係性(好きなだけ)

 

 ウィスはカンナギの近くに付いていない時間は基本当主レオンの近くで護衛として過ごしている。レオンが遠征などで居ない場合は多くを本邸ではなく離れで過ごしている。


 カンナギが離れに居るからではない。カンナギが畑仕事をしている間、ウィスはカンナギが夜を過ごす納屋の中にいる。他の侍従たちが居らず、主人も居ない空間は彼にとって安らげるものであり同時に仕事が一番順調に進む時間。


 ウィスが持ち込んだ机と椅子に当日処理分の書類をどさりと乗せる。


 するとその時を待ちわびていたように半透明な青い触手のような何かが書類へと伸びる。


「こら、待ちなさい。私が仕分けてからです」


 ウィスが叱ると青い触手のような腕はするすると机の下へと吸い込まれていく。


 彼の足下に居るのは半透明な青い身体、赤い目のような部位にどこから出ているのか眼鏡のようなものをかけ、体の一部なのか黒いシルクハットを被っている。身体だけを見れば魔物のスライムによく似ているがそれはウィスの言うことを理解し、じゃあこれを、と言って渡された書類の束を受け取り嬉々として床に並べる。


 そして並べた書類を「読み」、種類ごとに分ける。更に分けた書類を期日ごとに並べ直す。種類が混ざらないよう書類を一束ごとに縦と横に分けて積み上げ、ウィスが仕事を進める机の上にそっと戻す。


 ウィスは一言礼を言い、それぞれの書類の束から一番上の書類を確認して何かを書きつける。


 スライムはウィスの邪魔をせず椅子の下で身体を薄くしたり元に戻したり、窓際に寄って外を眺めたり。


 青いそれはカンナギとの訓練で境界の外に出て遭遇した魔物だった。何度も出会うが攻撃してくることはなく、いつだったかウィスに付いて屋敷を訪れると離れの畑に住み着いた。ウィスが居ない時間帯は畑の害虫駆除を行い、ウィスがやってくると喜び(?)書類の整理を手伝う。


 言葉を理解するだけの高度な知能を持っている異常な魔物。本来であれば退治してしまうのが安全。


 だが。


 ウィスは期日の近い書類をまとめ終えるとスライムへ声をかけた。


 窓枠に身体を乗せていたスライムは慌てて振り返るとべしょりと音を立てて床に落ちた。


 慌てん坊な姿にウィスはくすくすと笑い、床に落ちたスライムへ片手を差し伸べる。


「ほら、おいで」


 優しい声と一緒に降りてきた手の上にスライムがゆっくりと身体を乗せる。


 スライムは体内で獲物を溶かす。本来ならスライムに手を伸ばすのは有り得ない行為。ウィスの手元に伝わるのはひやりとした冷たさと柔らかな感触。


「今日の仕事は終わりです。お疲れ様でした」


 机の上に腕を近づければスライムはゆっくりと机に降りて目のような部位でウィスを見上げる。


「話せれば欲しい物を聞けたのですが、貴方は甘いものはお好きですかね」


 ポケットから小さな包を取り出すとスライムの目の前で広げる。中に入っているのは仄かに甘い匂いの漂う小さなクッキーが数個。一つをつまみ上げてスライムに差し出すとスライムは口(のような部分)を開く。


 ゆっくりと口の中にクッキーを入れると半透明な身体の中で僅かに泡を出しながら溶けていく。


 一つを消化し終えたスライムはわかりやすく目を輝かせ、触手のような両手でクッキーを持つと一つずつ口に運ぶ。すべてを消化し終えるとスライムはその場に溶けるように身体を平べったく伸ばす。


「数日は屋敷におりますから、またよろしくお願いしますね」


 目を閉じてわずかに揺れるだけのスライムの上に手を置くと、ひやりとした温度がウィスに伝わった。

 

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