第3話 ことさん誕生日プレゼント(コラボ)
この小説はお友達でありファンであり絵師さんのことさんにプレゼントとしてお渡しした物です。
ことさんの方で書かれている小説設定(https://kakuyomu.jp/works/1177354054897900958)とクロナさんをお借りした上で「好きなだけ」と絡めてます。
ことさんいつもありがとうー!
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騎士隊、それも彼の部下に所属して想定外と言われるのは書類仕事が意外とあること、上司との連携が不可欠であることだろう。戦ってさえいればいいと考えた騎士が配属されて一年以内に離職、または配属が変わるのは珍しくない。本来ならば隊の存続を考えるほど由々しき事態だがこの隊の隊長も、離職率を上げている原因でもある補佐である彼も気にしていない。彼女たちの更に上司も離職、離隊率を理由に彼女達を責めることはない。責めることは出来ない、とも言いかえられる。
彼女らは優秀だから。
隊長は戦闘力にのみ秀で、逆に補佐をする彼は書類仕事に秀でる。時に別隊が苦戦する討伐も書類もこの隊は容易く片付ける、こともある。
優秀だが、同時に厄介でもあった。一年以上この隊で働いた騎士は他の隊では働けない。他の隊で横行する理不尽や縦割りの仕事に嫌気がさすからだ。この隊では戦う力、または書類を片付ける実力があれば上司であれ部下であれ対等に扱われる。最低限任務中に上司部下を気にする程度。普段の訓練には隊長自体が参加し、厄介な書類仕事があれば隊長補佐の男は直々に手を貸し共に考える。部下が理不尽に晒されれば必ず隊全体で改善される。
それなのに何故。
最近彼女、遥の隊に所属するようになったクロナは何度も見た目の前の光景にため息を吐いてしまう。
隊長の執務室には隊長が片付けるべき書類が散乱し、隊長の姿はない。代わりに書類に囲まれたソファーの上で男が一人眠っている。今は早朝。昨日この人が帰った姿を見ていない。ということは一日かけて部屋中に散らばる書類を片付けていたのだろう。隊長がやるべき仕事を、一人で。
龍騎さん。名を呼び声をかければ眠る男はのっそりと気怠げに体を持ち上げる。
「……朝か?」
「はい。先日の訓練で破損した道具をまとめてきましたが」
「ああー、あったなそんなの。稟議いつだったかな。間に合わなかったら訓練内容変えるか」
「隊長は?」
「さあ、昨日から見てないな」
隊をまとめる人間がそれでいいのか。クロナは言葉を飲み込んだ。
いつものことだ。隊長がやるべきことはほとんどが隊長を補佐する龍騎がこなし、隊長は外へ遊びに出ていたり一騎士の訓練に混ざっていたりする。きっと今日もそんなことになっているのだろう。
手伝おうかとクロナが一歩を踏み出すと背後で勢いよく扉が開く。ひゅ、と髪を揺らす勢いの扉に冷や汗が出る。一歩踏み出していなければ勢いよく開いた扉が体に当たっていた。痛いで済む勢いではなかった。
扉を開けた青髪の女性はああごめんね、と軽く謝罪を口にするだけ。自分と龍騎の上司である、隊長の遥だった。
一瞬跳ねた心臓を何とか鎮めて向き直ると自分の上司たちが何かを言い争っている。争っていると言っても、怒っているのは龍騎ばかりで女性はからからと楽しそうに笑っている。
ふと、クロナの視線が彼らの顔から下に逸れる。遥の手元に何か揺れるものが握られている。青く、半透明で、液体と固体の間のような。
もぞり。彼女の手元でそれが自発的に揺れた瞬間。
遥は笑いながら手元の青いモノを龍騎の顔に投げつけて振り返った。そしてクロナと視線が合うとより楽しそうに笑ってみせた。
「せっかく借りてきたから、上手く使ってね」
何を? クロナの問いかけに遥は応えず開いた時よりも勢いよく扉を閉めて出ていった。閉められた扉がミシリと悲鳴を上げる。建物の修繕費も稟議に上げたほうが良くないか。
振り返った彼は何度か瞬きした。
龍騎は投げつけられた青い何かを机に落とし、距離を取っていた。警戒するような距離に違和感を覚えるが違和感の理由はすぐに判明する。
机の上に落ちた青い何かはゆっくりと身体を起こすように持ち上がり、赤い「目」のようなものでクロナを見上げた。もそもそと動いたかと思えばどこからか(身体の中からとしか考えられないが)黒いシルクハットを取り出すとかぶった。
半透明な青い、液体とも固体とも言えない身体。シルクハットから飛び出るような青い前髪――のような身体。どこにかかっているのか黒縁の眼鏡を身につけたそれは人で言う胸に当たる部位を張った。
「魔物ですか?」
「……らしい。書類整理が出来るとか」
「……魔物ですか?」
思わず同じ言葉を繰り返してしまう。
魔物は人にとって脅威でしかない――はず。人を襲う恐ろしいものとして討伐対象になることも多い――はず。
「らしい。どっかから借りてきたって話だから人の下で生きてきた、んだと思う」
二人の目の前で青いそれは手のような細長いものを振った。手を振っているように見えなくも、ない。
「ああ、えっと。仕事を頼むかはさておき。……言葉は分かるか?」
一定の距離を置いたままの龍騎の言葉に青い塊、スライムという魔物によく似たそれは頷くように一度頭を動かした。
うわ。クロナと龍騎の声が重なる。
「どこから連れてきたかは聞かないほうが良いんだろうな、アイツのことだし……」
「本当に、仕事を頼むつもりですか?」
「まあ、俺も、そろそろ外で仕事だし……。あいつが不利益をもたらすようなモノ、持ってきたことないし……」
言い訳のように口ごもる龍騎の目の前でスライムは細長い腕のようなものを伸ばして自分が乗っている机の上の書類を集め始める。濡れることもなく集められていく書類。クロナと龍騎が見下ろす前でスライムは書類をいくつかの山に分けて椅子へ向けて揃える。そして龍騎を見つめ、伺うように頭を傾ける。
「どうですか?」
クロナの言葉に龍騎が何枚かの書類を確認し、元の山に戻す。
「……いや、ほぼ完璧だよ。欲を言えばあいつのために当日締めの書類だけ別の山にしてくれるとありがたいけど、出来るか?」
声をかけられたスライムはすぐに書類の山の上から数枚の内容を気にしながら別の山にまとめていく。まとめられたうち数枚を龍騎が確認し問題なしと判断するとクロナへと向き直った。
「魔物に……任せて良いんですか?」
「魔物の力を借りるという意味では俺たちは竜に命を預けることもある。それに……あいつが妙なところから妙な物を連れてくるのは初めてじゃないが不利益をもたらすことはない、と、信じてる」
怪しいことには違いなく、知性があるならなおさら情報漏洩の可能性もある。と言いかけた口をクロナは閉じた。上司が言うなら、否、この人たちが言うのなら口を出す必要はないのだろう。
いつだってそうだ。
隊長は書類仕事が嫌いだというらしくない隊長は戦闘のみに秀でているように見られているが今日のように書類を任せている自分の夫が困っていれば今日のように――方法はどうかと思うが手を出す。元々書類仕事をしたら良いと騎士の上の人はそう言って叱っているらしいが、現状が一番良いのだと隊長が書類仕事に向いたことはない。
目の前の男もそれが良いのだと、いつでも笑って他隊の嫌味も皮肉も聞かない。
この隊に入って良かったのか、クロナは迷うことが多々ある。
何度もそう思わされるほどこの隊の隊長は雑に思える。本当に剣の実力だけで隊長になったのではないかと。
「何か考えてる?」
日が登りきり動き始めた隊舎。龍騎の後ろについて隊長を探していたクロナは声をかけられて歩みを止めた。
「いえ」
「……俺たちは長く好きにしてただけでな。正直組織には向いてないのさ」
足を止めたクロナを振り返り、龍騎は笑って見せる。
「立場を利用して抑えることもあるがアイツも俺も無視はしないから言いたいことは言ってくれれば――」
ひゅ、と風が鳴り直後にごっ、と鈍い音が響いた。
龍騎の頭にぶつかり床に落ちた物をクロナが拾い上げる。剣の鞘だ。からからと笑う女の声。頭を押さえてかがみ込んだ龍騎の背後で探していた隊長が笑っている。
「一部とはいえ、武器を遊びに使うのはどうかと思いますよ」
「っ、ああ、重々伝えとくよ」
遥。妻の名を叫びながら走り去っていく男の後ろ姿を見ているとやはりため息が出てくる。動き出した隊舎からもところどころから笑い声が上がってくる。
他隊には無い不真面目さだが、この隊はこれで良いのだと思える。
隊舎の中に笑い声が響く頃、隊長の部屋に残されたスライムは部屋の床にも散らばっていた書類を含めて全てをまとめ終え、触手のような腕でシルクハットの下を拭うような仕草をした。やりきった。けれど部屋の主らしい男たちが戻ってくる気配はない。
元いた場所で青髪の女の人に自分を貸して欲しいと言われ、連れてこられた先で灰色の髪のあの人に頼まれるような仕事をこなしていた。不満は無いし楽しかった。けれどそろそろ帰りたい。
どうしよう。
迷うスライムの居る部屋の扉が音を立てるが鍵がかかっている扉は開かない。
おや。聞こえた声にスライムは(足はないが)足早に扉に近づく。
「あまり長居は出来ないですし扉は壊せないので、下を抜けられますか?」
扉壊したら良いのに。伝える手段が無いスライムは扉の向こうの男が望むとおりに身体を溶かすように液状にして扉の下の隙間を潜る。
深い紺色の燕尾服に縋り付けば灰色の髪の男はスライムをゆっくりと持ち上げ隊舎の廊下から騎士隊の鍛錬場を覗いた。木製ではなく真剣を打ち合わせる騎士隊の中、一人、青髪の女性が彼の視線に気づき緩く片手を振った。
「あんな奔放な人間が上だと苦労するでしょうねえ。さあ、帰りましょうか」
きっとその苦労を一身に受けているのは自分を抱える男によく似た赤い髪の人だろうけれど。スライムは気に入っている形に身体を整形し直して燕尾服の肩まで登る。自分を肩に乗せてくれる男も、あの赤い髪の男も。
みんな楽しそうだった。
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