後部座席

不可逆性FIG

後部座席

 これは私の知人、加藤くんから聞いた話、そして体験談だ。


「なあ、加藤。お前、知っててこの道走ってんだよな」

 助手席でポツリと彼の友人である佐川くんが呟いた。彼らは、社会人になってからもずっと交流のある高校生からの友人たち男女四人のグループで、その日は少し遠くの街にあるアミューズメントパークで楽しんできた帰り道だった。ワゴンの車内は運転席と助手席には男性、後部座席には女性という座りかた。関東の少し田舎の方面で育ったので、どこに行くにも車移動なのだという。

 すっかり夜も更けて早く地元に戻りたいので最短距離をカーナビの指示のもと、加藤さんは何も考えずに対向車の通らない寂しい道を走らせている。そんなときに佐川くんが先程の変なことを呟いたのだった。


「いや、よく知らん。けどまあ、外灯もちらほらあるし、行きのコースよりも早く帰れそうじゃん」

「ああ、そうか。お前、もともと地元民じゃないもんな。この先に古いトンネルがあるんだけど──あそこ出るんだよ」

 

 嫌なことを言うなあ、と加藤くんは思ったそうだ。野生動物でも嫌だけど、たぶん幽霊とかそういうやつなのだろう。

 ぽつん、ぽつん、ぽつんと通り過ぎる外灯以外はヘッドライトだけが頼りの暗闇の道をひたすらずーっとドライブしていく。横を見れば、ガードレールの外側はどこまで続くかわからない雑木林。そのあいだ、佐川くんは何も知らない加藤くんと、後ろでお喋りしている女性ふたりにも聞こえるように、わざと少し脅かすように低い声で話し出したそうだ。


 まあ、聞いてみればよくある怖い話で、行きで使った県道が出来る前まで使われていた旧道が今走ってるほう。普段はぎりぎり二車線あるが、トンネルだけは車が一台通れるだけの狭くてあまり距離もない古い作りだという。かつて、工事作業中に落石で事故死があったとか、色々と整備される前の暗いトンネルで対向車に気付かずに家族を乗せた軽自動車がぐしゃぐしゃになったとか。

 それからというもの、まさに今日のような真夜中になると、何か変なものを見るドライバーがときおり現れる……そういう噂がこの近辺では有名なのだという。

 加藤くんは内心、少し面白がってたらしい。その手の話は全国にごろごろあるし、別にそういう心霊スポット的なものはあまり信じてなかったとのこと。なんなら、怖がらせるような口調で語る佐川くんに合わせて、友人の女の子に頼れる良い男を見せるために度胸試しをすることに決めたのだ、と後に彼は語った。


 そうこうしてるうちにカーナビも要らない一本道をひたすら走ってると、目の前に例のトンネルが見えてくる。 

 ──ああ、あれか。加藤くんは徐々に細くなっていく道に注意しながら、トンネルを確認した。岩山を無理やりくり抜いて、ずいぶん昔にコンクリートで固めたような、見るからに古くて汚いトンネルだったという。手前には錆び付いて塗装も剥げ落ちた「交通安全」の立て札看板。ぽっかりと口を開けた先は真っ暗闇。そこまで距離のない短いトンネルとはいえ、真夜中、抜けた先の向こう側が見えない心細さはどうしても拭えないものだ。

「佐川が言ってたのって、ここだよな」

「そうだよ、さっきは少し怖がらせようと話したけど、俺も疲れたからさっさと抜けて帰ろうぜ」

 後部座席に座る彼女たちも、気味悪いから早く抜けちゃおうよ、と運転手の加藤くんを急かす。幸い、向こう側から見えるヘッドライトもなく対向車は来る気配もないので、そのままトンネルに直進することにしたという。

 圧迫感のある狭さなので、車道ほどスピードを出すことはできない。ザザザ、とタイヤがアスファルトだか砂利だかを踏みつける音が微かに反響している気がする。

 おそらく、ここが中間地点くらいだろう。ようやく、ヘッドライトだけの暗闇向こう側に外灯が見えてきたとき加藤くんは少しみんなを驚かそうと、あえて減速をしながらしめしめと、クラクションに手を置いたとのこと。


 プ────ッ。

 プ────ッ。

 一回、二回。トンネルに響き渡り。

 

 プ────ッ。

 そして、三回。


 加藤くんは面白半分にクラクションを長めに鳴らしたのだった。もはや、徐行といってもいいくらいのスピードでのろのろ走りつつ、度胸試しをしたのだ。

「おい、馬鹿、やめろって」「ほらな、何も起こらないよ」佐川くんと加藤くんがほとんど同時に声を発して、トンネルに反響していた警告音が止み、居心地の悪い静寂が戻ってきたときだったという。

「もぉー、やめてよ」

 運転席と助手席の間から、不満げな声音と共に一人の女性が、ぬっと顔を出したのだそう。加藤くんは「わはは、すまん!」と冗談めかして笑い飛ばそうと彼女に、くるっと視線を向けた途端──

「うあああああーーーっ!!」

 と、思い切り叫びながら、恐怖心に任せてアクセルを踏んで急発進させたのだった。


 ……というのも、加藤くんが見た女性というのは仲良しの友人女性のよく知る顔ではなく、明らかに第三者の髪の長い誰か他人だったという。

 そしておかしなことに、後ろから現れたのに元々後部座席にいた彼女たち、それから佐川君でさえも、あのとき何も見ておらず、聞いておらず、トンネルの中で加藤くんが急に叫び出したのだ、と何回聞いても不思議そうに語るのだそうだ。


〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

後部座席 不可逆性FIG @FigmentR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ