第8話 密猟者

 驚いて全員がそちらを見ると、途端に部屋の中に煙が充満した。

 直後に扉が開かれたらしい、乱暴な音。

「きゃっ」

 ベルリアは、誰かに肩を掴まれた気がした。強引に後ろへ引き寄せられ、煙でよく見えないこともあって、ベルリアはバランスを崩す。そのまま引き寄せた誰かの方へ、背中から倒れかかった。

 一方、ロディアスは煙玉のような物を投げ込まれたと知って、すぐに部屋の中で風を起こす。煙はその風に巻き込まれ、外へと出て行った。

「ベルリア!」

 煙が出て音がしてからそんなに時間は経ってなかったはずだが、部屋の中には人間が増えていた。

 そして、その人間がベルリアの首に腕を回して拘束している。

「おっと、兄ちゃん。動くなよ。変な動きをしたら、このお嬢ちゃんがどうなるか知らねぇぞ」

 ベルリアは状況が掴めず、テーブルをはさんで向かい合う形になっているロディアスの顔を見ていた。首周辺の動きが妙に制限されているし、聞いたことのない男の声がすぐそばでしている。

 理解が追い付かなかったが、ようやく自分が大変な状態になっていることに気付いた。

「だ、誰よ、あんた達!」

「ああっ、たまごを狙ってた人間達!」

 本人達が答えるより早く、リンチェがその顔を見て叫ぶ。

 煙に乗じて侵入して来たのは、ゲノビスとバンボダだった。

 密猟して逃げる時に使う煙幕を部屋へ投げ込み、ゲノビスがベルリアを捕まえていたのだ。背後からその太い腕を、ベルリアの首にかけて。

 バンボダはいつでも射られるように矢をつがえ、ロディアスを威嚇するように狙っている。ロディアスはバンボダの腕前を知らないが、こんな間近では余程のことでもなければ当たるだろう。

「よぉ、ここにいたのか、妖精さん。捜したぜ。俺達が苦労して手に入れた大切な獲物を、獣に持たせて逃げちまうんだからな」

 ゲノビスがリンチェを見て、にたりとする。

 不安に思っていたことが、現実になってしまった。竜の居場所を突き止めるようなやからだ、このままあきらめるとは思えなかったが、本当にここまで追って来たのだ。

 二人の密猟者は、あの場からリンチェがクマにたまごを運ばせて逃げた後、他の妖精や動物達に囲まれた。だが、今のように煙幕で目をくらまし、ひとまずその場から逃げ出したのだ。

 まずは、自分の安全が第一。

 幸い、動物も妖精もずっと追って来ることはなかった。とにかく、彼らが竜のそばからいなくなればよかったのだろう。

 二人は落ち着いた場所まで逃げると、これからどう動くか考えた。

 いくらクマが運んでいるとは言っても、逃げられる距離や範囲はある程度限られている。少なくとも、村など人がいる所へ逃げ込むことはないはずだ。

 仲間達に追い払ってもらえたと思って、竜のそばへ戻って来ることも考えられる。それがすぐではなくても、そう長い時間ではない。

 それに、ゲノビスが結界を張ったとは言っても、たまごの中の子は生きている。鍵がなければ結界を解くことはできないが、それでも誰かが解こうと何かするだろう。その時の気配を探れば、すぐに見付かる。

 だが、ゲノビスとしても、ただ時間が過ぎるのを待っている訳にはいかない。

 とりあえず横取り防止のつもりで張った結界だが、見付けた誰かが構わずに依頼主の元へ持って行くかも知れないし、そうなったら鍵の分くらいしか報酬がもらえなくなってしまう。

 たまごがいつ孵化するかゲノビスは知らないが、もし生まれるならそれまでに取り返さなくては。苦労して見付け、一度はこの手に入った獲物が、こんなことでむざむざ消えるのは腹立たしい。

 しかし、たまごが消えたこと以外に、問題が発生。

 意識がもうろうとした竜に飛ばされた時、鍵がどこかへ飛んで行ってしまったのだ。

 あの場に戻るのは、絶対に危険だろう。まだ妖精がたくさんいるかも知れないし、竜がいつ目覚めるかもわからない。

 薬の効果がどれくらいか、薬を調達してきたゲノビスはちゃんと把握していないのだ。なので、戻ってゆっくり探すことはできない。

 とりあえず、たまごの行き先を探る。

 リンチェがわざとあちこち動き回ったことと、ベルリア達が材料の採取でうろうろしていたので時間はかかったものの、たまごに魔法をかけたのは自分だ。追うだけならそんなに苦労はしない。

 最終的に彼らがたまごを見付けたのは、ロディアス達が材料を見付けて戻って来たところだった。

 さっさと取り返そうとしたが、様子を見ているとどうやら鍵を作っているらしいとわかる。

 ちょうどいい。たまごを取り返したとして同じ鍵を作らなければならないが、勝手に向こうが作ってくれるなら、手間がはぶける。任せておけばいいのだ。

 そうして、できたところで突入。妖精も捕まえたいところだが、欲張っては失敗しかねない。ぼんやりしてそうな小娘を人質にすれば、魔法使いらしい若造もすぐに手を出すことはしないだろう。

 そういった経過で、この状況になっている。

「あんた達がたまごにこんなひどいことしたのっ? もうすぐ生まれるのに、あんな魔法をかけられたら生まれられないじゃない」

「ほぉ、やっぱり孵化寸前だったのか。ちょうどいい。依頼主も喜ぶってもんだ。竜に飛ばされた時に鍵も一緒に飛ばされてな。兄ちゃんが新しい鍵を作ってくれて助かったぜ。まぁ、ちゃんと開かなくても、たまごさえ戻ればとりあえずいいってことにするさ」

「誰に頼まれたか知らないが、竜は人間が売り買いできるようなものじゃないぞ」

 ロディアスは冷たい目で密猟者達を睨む。

「できるさ。まだ自分で動くこともできない奴に、何ができる? その竜のたまごがあれば、俺達は当分遊んで暮らせるんだ。邪魔はさせねぇぜ」

 ゲノビスはしっかりとベルリアを捕まえ、バンボダは弓を下ろしてテーブルにあったたまごを取る。ロディアスもリンチェも動けない。

「いやー、無事に取り戻せて本当によかったっすよ」

「さぁ、その鍵をもらおうか。断ればもちろん、この娘の安全は保証できないからな」

 ありきたりな脅しをかけてくるゲノビス。本気だと示すためか、ベルリアの首をぐっと強く締め上げる。

「やめろっ。そいつを傷付ける必要はないだろう」

「だったら、鍵を渡しな」

「こんな鍵がほしければ、くれてやる。さっさと受け取れ」

 ロディアスが持っていた鍵を、ちゅうちょなく放り投げた。

「なっ……てめぇ、どこに投げてやがるっ」

 テーブルに置くか、軽く放り投げるかと思っていたゲノビス。少なくとも、この状況にためらってすぐには動けないと思っていた。

 だが、ロディアスはあっさりと、しかも天井へ向けて投げたのだ。

 高くもないが低くもない天井で、鍵はゆっくりと放物線を描く。

 それを受け取ろうとゲノビスが腕を伸ばし、ベルリアを捕まえていた腕の力がわずかに抜ける。

 そこをベルリアは見逃さない。力を込めてゲノビスの足の甲を踏んでやる。たとえゲノビスが鍛えていたとしても、不意打ちでここの攻撃は効果があった。

 ゲノビスは濁った悲鳴をあげ、ベルリアは拘束していた腕からするっと逃げ出す。

 バンボダは、鍵が投げられたのを見て呆然としていたが、ゲノビスの悲鳴ではっとなった。

 ベルリアが逃げようとするのを見て、たまごを片手に少女を捕まえようとする。大した体格の男ではないが、少女に比べれば力はあるから捕まえられるはずだった。

「この家に入って来たのが、運の尽きだ」

 バンボダの目の前を何かが高速で飛び過ぎ、思わず動きが止まった。そこへいきなり飛んで来た分厚い本の背表紙が、バンボダの額に直撃する。赤く太い筋を付けて床に倒れ、バンボダは気絶した。

 ベルリアに逃げられ、やはり捕まえようと彼女の方へ腕を伸ばしたゲノビスの方は、頭のてっぺんに衝撃を受けて同じように気絶する。後ろから本が飛んで来て、その角が当たったのだ。

「ベルリア」

 ベルリアは倒れているバンボダを踏み越え、テーブルを回ってこちらへ駆けて来るロディアスに抱き付いた。そんな彼女を、ロディアスはしっかり抱き締める。

「ケガはないな?」

「うん……。怖かった」

「ああ、もう大丈夫だ」

 ゲノビスが自分の腕だけでベルリアを拘束していたので、傷付けられることもなかった。ナイフなどの刃物を顔や喉元に当てられていたら、ロディアスは動くのにもっとちゅうちょしていただろう。

 何にしろ、二人にとって今までで一番緊張した時間だった。

 ロディアスに大丈夫だ、と言われても、ベルリアはすぐには彼から離れられない。初めてあんな目に遭って、怖いという感情が身体に残っている。

 ロディアスも珍しく優しい声だし、ベルリアの恐怖をわかってくれているのか、そのままでいてくれている。それがベルリアは嬉しかった。

 ロディアスのぬくもりを感じると、安堵のため息が出る。彼がそばにいてくれてよかった、と心底思った。

「よかったわ、ベルリア。あなたが無事で」

「……リンチェ、ありがとうね」

 バンボダの前を高速で飛び過ぎたのは、リンチェだ。

 妖精であってもなくても、別のものに気を取られていたバンボダをびっくりさせるには十分だったらしい。隙だらけになって、あっさりとこちらの攻撃に倒れたのだ。

「ロディアス、よく本を武器にしようと思ったわね」

「これが一番いい、と判断したんだ」

 いくらでも魔法で攻撃することは可能だが、たまごに魔法をかけるくらいだから相手も魔法使いだということはわかっている。ただ、一人だけか二人ともかまでは判断できなかった。

 何か仕掛けて応戦された時、家が多少壊れるのは後で直せば済むが、ベルリアが傷付けられたりしたらまずい。通常の時でももちろんだが、大事な時期の今は特に強いショックは避けたかった。

 この部屋に武器はないが、武器になる物は大量にある。本だ。しかも、ほとんどが辞書や魔法書なので分厚い。

 この部屋がリビングであって書庫ではなくても、本はたくさんあるのだ。それらを飛ばして、ロディアスは密猟者を打ちのめしたのである。

 本を飛ばしたのは魔法の力だが、ほぼ物理的な攻撃だ。恐らく侵入者達は、そんな物が攻撃に使われるとは思わないだろう。

 ほとんど不意打ちのようなもの。ただし、不意打ちだから、二度目はたぶん使えない。

 だが、速攻が効いて、密猟者はダウンした。

 ベルリアは本を足に落として痛い目に遭ったことがあるが、勢いがついていたからなおさら衝撃があっただろう、と容易に想像できる。堅い棒で殴られた、に近いものかも知れない。

「本はこういうことに使う物じゃないけどな。緊急事態だから、例外だ」

 恩人……いや、恩本とでも言うべきか。ベルリアは今まで本を粗雑に扱ったことはないが、これからはさらに大切に扱おうと心に誓った。

「あ、鍵は」

 さっきロディアスが放り投げた。それを受け取ろうとして、ゲノビスはベルリアに足を踏まれて取り損ねたはず。

 でも、床に落ちた音はしなかった気がする。聞き逃したのだろうか。

「ここだ」

 ロディアスは、ポケットからさっき作ったばかりの鍵を取り出して見せた。

「あれ……だって、さっき放り投げたじゃない」

「さっきのは、とくどくだけだ」

「え……」

 床を見れば、確かに小さなキノコが一本落ちていた。

「黄色いし、奴らは俺が鍵を投げたと思っているから、すぐにはわからない。一瞬でもだませればよかったんだ。隙ができるからな」

 まさかキノコがこんな使われ方をするなんて。魔法でなくても、物には色々な使われ方があるらしい。

 何にしろ、余分に持って帰っておいてよかった。

「あたしもだまされたわ。あ、たまご」

 たまごを持っていたバンボダは本攻撃で気を失い、倒れた時にたまごを手放していた。

 だが、森でベルリアが転んだ時と同じで、結界のおかげで傷などはできていない。

 これが結界を解いた後だったら、大変なことになっていただろう。つくづくタイミングがよかった、と胸をなでおろす。

 この結界で苦労させられたが、今の場合は結界のおかげで助かった。

 物事もたまごも、どう転ぶかわからない。

 ロディアスは、気絶している密猟者をさっさと縛り上げた。むさ苦しいので、家の外へ放り出す。縄と一緒に魔法でも拘束してあるので、二人が気が付いても逃げられることはない。

 後で役人の所へ突き出すまではそうして放っておくことにし、割られたガラス窓はロディアスの魔法であっさりと修理された。

 その間にベルリアはたまごをテーブルに載せ、自分を助けてくれた本を片付ける。

 落ち着いたところで、ロディアスが改めて鍵を取り出した。表情はないが、たまごは待ちくたびれたことだろう。

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