第6話 精霊樹
一行は、普段のベルリアなら絶対に行かない、かなり森の奥までやって来た。
進むに従って、ベルリアは肌がぴりぴりするのを感じる。近くに何かがいるのだ。あまり歓迎できない、何かが。
それを無意識に感じ、緊張している。魔法を勉強していると、やはりそれなりに気配を感じ取れるようになったらしい。
「リンチェ、ベルリアにくっついてるか、しばらくこの場を離れるかした方がいいぞ」
「え……ええ」
ロディアスが妖精にそういう注意を
その言葉に、ベルリアは総毛だった。
魔物が出やすいってロディアスの話、本当なんだぁ……。
冗談だとは思っていなかったが、いざ近付いてきたとわかると怖い。
「竜にたまごを託されたのは、私だもの。離れる訳にはいかないわ」
と言って、リンチェはベルリアの肩に乗る。ロディアスはベルリアを守ると言っている( ようなもの )なので、彼女にくっついていれば安全はほぼ保証されるはず。
「リンチェに対応できないような魔物が出るの?」
「好戦的な妖精はあまりいないだろうから、対応できるって方が少ないだろう」
リンチェも魔法は多少使えるが、魔物を
「魔物と言っても臆病な奴も多いから、相手が自分より弱いかも知れない妖精でも逃げる。弱いくせに向かって来る奴はさっさと返り討ちにすれば済むが、面倒なのは本当に強くて好戦的な奴だ。この森に限らず、そういう奴はどこにでも必ずいる」
だとすれば、ベルリアが感じているぴりぴりは、その「どこにでもいる魔物」だろうか。さっきのキノコがあまりにも問題なく手に入ったので、心のどこかで楽勝と思っていたのに。
でも、考えてみれば、ベルリア一人では危ないからロディアスも同行しているのだ。危険がないはずがなかった。
そして、それが今から行く場所なのである。
「この木だ」
転ばないように足下に注意していたベルリアは、ロディアスの声で顔を上げた。
「わ……おっきーい」
そこには、他の木の数倍ある太い幹の木が立っている。この木が栄養を多く取っているのか、他の木は少し離れた場所に立っていた。近くに生えても、水や栄養が十分に行き渡らないのだろう。
その光景を見てベルリアは、絵本にあった王様と家臣のページを思い出した。
上を見れば、屋根を作っているかのように枝葉をしっかり広げている。この周辺の地面に影を落としているのは確かにこの木だ、とわかった。
「これが精霊樹なの?」
「ああ。言ってみれば、植物版森の主みたいなものだな」
確かに、植物でありながら、その姿は威風堂々としている。やっぱり王様だ。ベルリアは、こんなに太くて高い木を見たことがない。
「こんな木の枝、家まで持って帰るの? 大変だよ」
地面にしっかりと影を落とすような枝だ。ここで見ているより、ずっとずっと太いはず。
「お前、まさかあの太い枝を持ち帰るつもりでいるのか?」
「だって、この木の枝と葉っぱがいるって」
「どこまで大掛かりな魔法をするつもりだ。葉が付いてる枝の先部分があれば、十分に事足りる」
小さな子どもが持って走れる程度の枝でいいのだ。そんなに巨大な鍵は必要ない。
「そっか」
木が大きいから材料も大きくなる、と思ってしまった。
「ロディアス!」
突然、リンチェの緊張した声が飛んだ。
その直後、何かがロディアスに襲い掛かる。
動きが速くて、ベルリアには形がよくわからなかった。だが、低いうなり声が聞こえたので、生き物には違いない。
ロディアスの前に透明な、だが強固な壁が現れ、影はそれにぶつかって弾き返された。どさっと重い音がして、地面に転がる。
見れば、ベルリアより大きな身体の山犬だった。
普通の犬でも牙は鋭いが、その山犬の鋭さは半端じゃないし、異様に長い。暗い灰色の毛に覆われ、目は血走っている。
こんな所に現れるのだから、やはり魔物……なんだろう。ベルリアは初めて見た。
身体が大きいから、重さも相応にあるはずだ。壁に当たった時や地面に落ちた時の音も、かなり重そうだった。
そんな魔物を、ロディアスは瞬時に出した壁で跳ね返してしまったのだ。それだけでも、ベルリアはびっくりしすぎて声が出ない。
ベルリアがその場に立ち尽くしている間に、ロディアスは白いカードを一枚出した。それを魔物へ投げる。
逃げる暇もなく、魔物の身体はそのカードの中へ吸い込まれてしまった。ベルリアより大きな身体が、ロディアスの手の平でほぼ隠せるサイズのカードに入ったのだ。
そのカードがロディアスの手元へ戻ると、彼はそのカードを燃やしてしまう。
「……終わり?」
あまりにもあっさりすぎて、ベルリアはぽかんとなる。
ロディアスを襲った魔物は紙の中に封じられ、そのまま焼かれてしまったのだ。もちろん、もう復活することはない。
流れるような一連の作業に、ベルリアはただ目を丸くするばかり。
「後ろを狙って来たからな。問答無用だ」
背後から襲って来たのだから、ご機嫌伺いではないだろう。確実に命を狙って来たのなら、こちらも遠慮する必要はない。
それはわかるが、ベルリアはロディアスにこんなに素早い対応ができるなんて思ってもみなかった。
ベルリアはロディアスから魔法を習っているのだから、彼の腕がいいことはわかっている。でも、こうした実戦で使っているところを見るのは、考えてみれば初めてだった。いつも見る人と違うように思える。
ロディアスって、こんなに格好よかったっけ。
あまりにスマートな魔物退治に、ベルリアはどきどきする。
「まだ魔物の気配はするから、近くにいるぞ。油断するな」
さっさとここを離れるべく、ロディアスは一番低い枝の先を魔法で斬り落とした。
一番低いと言っても、村にある教会の屋根よりはるか上だ。本体から離れても、地面に枝が落ちて来るまで少々時間がかかる程である。
落ちて来た枝を拾おうと、ロディアスが手を伸ばした時。陰から様子を
ええっ、どうしてあたしのなのぉ。
まだ気配がする、と言われたものの、自分が襲われるとは思っていなかったベルリア。びっくりしすぎて、悲鳴も出せない。
だが、巨大なネズミのような魔物は、ベルリアの腕に噛み付く前に横へとフッ飛ぶ。風のかたまりのような力が当たり、精霊樹に叩き付けられたのだ。
幹は太いから全く動じないが、魔物の方はダメージたっぷりだったようで、煙になって見てる間に消えてしまう。
「俺の目を盗めると思うな」
ロディアスの手には、さっき拾われた枝。家にある魔法書の高さくらいの長さだろうか。その先端を、こちらへ向けている。
まるで今の魔法が、その枝から発動したみたいだ。
「コンパクトサイズの魔法の杖みたい」
「ああ。魔法の杖を作る時は、こういった森の主クラスの木から削り出すことも多い。今もそんなに強い魔法を使ったつもりはなかったが、この枝のおかげで少し増幅されたようだ」
「まだ杖になってないのに、もう効果があるの?」
ベルリアは何となくでそう表現しただけだったが、実は本当にそうだったりするらしい。
ここに立っているのは、単なる大きな木ではないのだ。だてに樹齢を重ねていない、ということか。魔法の鍵になるのも、わかる気がする。
「どんどん出て来るわね」
リンチェがため息まじりにつぶやく。
今の魔物達につられたのか、他にも大小の魔物がこちらを狙っているのが見えた。陰に隠れていたり、遠慮なく姿を見せていたり。
それらに向かって、ロディアスが枝を一振りする。力が見えないつぶてとなって、魔物達に当たった。かすって顔をしかめたりする魔物もいれば、身体が軽くてのけぞったりする魔物もいる。
「必要な物は手に入ったんだ。さっさとここを離れるぞ」
持っていた枝をさっきキノコを放り込んでいた袋に入れ、ロディアスはベルリアの手を掴んだ。
「少し早歩きするぞ。いけるか?」
「う、うん……」
今更手を掴まれるくらい、どうってことはないはずなのに。なぜか照れのような感情がわいてくる。
ベルリアはまたどきどきしながら、転ばないように足を動かした。
しばらく歩くと、ベルリアは肌がぴりぴりする感覚がなくなってくる。どうやら、魔物がいるエリアからは離れたらしい。
「ロディアス、これでおしまい?」
「まだだ」
「えぇー、まだあるのぉ?」
「他人がかけた魔法を解くための魔法だぞ。材料が少なくて、むしろ助かってるくらいだ」
術者自身が解くのは、問題ない。他人が解こうとすれば、多少の労力は当然だ。
「あといくつ?」
「一つだ。妖精の泉の水を、妖精からもらう」
ロディアスが説明しながら向かう先は、帰り道とも言える方向だ。
「もしかして、戻ってる?」
「ああ。泉は精霊樹より手前にあるからな」
「こういうのって、順番に手に入れながら奥へ入るものじゃないの?」
一つ目、二つ目、三つ目と奥へ行くに従って、面倒なことが起きそうなものなのに。
「水を持ってうろうろしたくない。こぼれればまた行くことになるし、さっきみたいな奴らを相手にする時に水のことを考えながら動いていたら、隙が生まれる」
要するに、重い物は後回しにしたルート、ということだ。行き当たりばったりでやっていた訳ではなかった。
……ロディアスにそんなことを言ったら絶対怒られそうなので、ベルリアは黙っておく。
「たまごを狙う密猟者、やっぱりこの子を探してるかな」
「魔法使いがいるなら、どうにかして探し出そうとするだろうな。森から追い出されて、そこであきらめてくれればいいが」
リンチェは妖精仲間や森の動物達にその人間達を追い払うように頼んだものの、その後どうしたのかを知ることができないままだ。
たまごが目当てなら、たまごが持ち去られてしまったのでその場にいる必要がない。追い払われたということもあるし、さっさとそこから逃げ出しているだろうが、そのまま森を出たかどうか。
ロディアスが言うように、あきらめてくれたらいいのだが……。
しかし、しっかりと竜の居場所を探し当てるくらいの腕を持つ
それに、鍵が必要になるような結界を張る、
「密猟者も気になるけど、今は少しでも早くこの結界を解いてあげないとね」
たまごにいる時点で結界を張られるというのは、どんな状態なのだろう。殺すつもりではないらしいから呼吸はできるはずだが……きっと苦しいに違いない。
今はベルリアが胸に抱いているから、冷えることはないはず。ただ、竜の体温がどれくらいか知らないから、本当はもっと温かくあるべきなのか、むしろ温めすぎなのかの判断ができずにいる。
間違った方法で保護していたら、助けるつもりが命を縮める、さらにはとどめを刺すことにもなりかねない。
それがベルリアは怖かった。
「ねぇ、リンチェ。竜は……」
ベルリアは言い掛けて、木の根につまづいた。少し先を歩いていたロディアスは、それに気付いても支えられない。
結果、ベルリアは前のめりに転んでしまった。
しかも、たまごを抱いたままだから、たまごを下敷きにしてしまう状態で。
「ベルリア! 大丈夫かっ」
ロディアスが駆け寄る。ベルリアは慌てて身体を起こした。
「ど、どうしよう。たまご……たまごが下敷きに……やだ、どうしよう」
慌ててベルリアは、エプロンの下からたまごを取り出した。
薄緑の殻のたまごは、特に何の変化もない。ひびが入っている様子もなかった。
「中の子、大丈夫? 頭とか身体、打ってない? ごめんね、ごめんね。あたしが転んだばっかりに」
涙を浮かべながら、ベルリアはたまごをさする。
「ベルリア、たまごは無事よ。泣かないで」
「本当? 中で目を回してたりしない?」
「それはわからないけれど……あなたが思う程、ひどい状態になったりはしていないわ。どこも割れてないみたいだし」
「ベルリア、皮肉だが結界がたまごを守ってる。だから、たまごがどうこうなるってことはない」
「そうなの? よかった……」
ロディアスの言葉に、心底ほっとする。
ベルリアは座り込んだまま、たまごを抱き締めた。
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