第5話 材料集め

「え、たまごを持って? あたしが?」

「置いておけば、ここを見付けた奴らに盗まれる。そうされないために結界を張っておくのも手ではあるが、たまごにはすでに一つの結界が張られている状態だ。張るとすれば家全体に張るつもりだが、どういう形であれ、たまごにとっては二重に結界を張られたような形になる。そうなると、中の子どもに何か影響が出るってことも考えられるからな。そうならないようにしようと思ったら、一緒に行動するしかない」

 たぶん、留守番していろ、と言っても、ベルリアはおとなしくしていないだろう。元々自分が主導で動くつもりだったのだし、あたしも手伝うとか何とか言ってこっそり付いて来るくらいのことはする。

 ロディアスなら言葉巧みに説得することもできるが、今はそんな時間も惜しい。

「俺がたまごを持っていると、行動が多少なりとも制限される。何かあった時に対処しようとしても、すぐに動けない。だったら、ベルリアが持つしかないだろ?」

「う……うん、わかった」

 たまごのためにも、これ以上の結界は避けたい。

 魔物が出た時、確実に対処できるのはロディアス。

 リンチェがたまごを運ぶことは無理。

 それらを考えれば、誰がたまごを持つか、は必然的に決まってくる。

「この子はあたしが守る。だから、ロディアス。材料集め、よろしく」

 役割分担が決まった。

☆☆☆

 ベルリアは、エプロンをゆるめに着けた。エプロンの胸当て部分と自分の間に、たまごをはさむように入れる。

 その後、改めてウエストのリボンをしっかり縛り、たまごが下へ滑り落ちないようにしておく。

 ずっと抱えるつもりではいるが、何かの拍子に手を離すことがあっても落ちないための工夫だ。いわゆる抱っこ紐状態である。

 他の服でもよかったのだが、一番に目についたのでエプロンにした。こうすることで腕に抱えているよりずっと楽だし、いきなり密猟者が現れてもエプロンが邪魔ですぐにたまごを奪われることはないはずだ。

 ベルリアごと連れて行かれたら意味はないが、動きを封じる魔法でもかけられない限り、暴れるなりして抵抗できる。

 ベルリアがそうやって準備をしている間に、ロディアスも色々と準備をしていた。

 一輪挿しのようなガラスの瓶と、リンゴ三つほどが余裕で入るようなサイズの布袋だ。

 二人の準備が整うと、リンチェとともにメルーカの森へと向かう。

「材料は何がいるの?」

「とくどくだけだ。ベルリアはまだ、実物を採ったことはないだろ」

「うん。本で見ただけ」

 得にも毒にもならないキノコ、と本には説明されていた。それでこんな名前になった、とか。その点については、諸説あるようだ。

 毒にもならない、というのだから毒キノコではないが、どう調理しても味が悪いので食用には不向きらしい。これは魔法薬の調合に使われるのだ。

「魔法薬向きなのに、それが鍵になるの? そもそも、キノコでしょ」

「魔法薬向きということは、魔法に馴染みやすいってことだ。俺は魔法薬を調合することはほとんどないが、使われる材料の中には魔法を行う上で必要になることがある」

 色々と教えてもらってきたが、まだまだ知らないことだらけだ。

「どこにあるか、わかってるの?」

「だいたいの見当は付いている。この奥に色んなキノコが生えてる場所があるから、そこにあるはずだ」

「ロディアス、あんまり森へ入ったことないのに、どうしてそういうの知ってるの?」

「あんまりって言うが、それは最近のことだ。ガキの頃に、何度もお袋に連れて行かれた。地殻変動でもなければ、だいたいどこに何があるかはわかる」

「え、じゃあ、あたしがいつもどの辺りで薬草を摘んでるか、知ってるの?」

「当たり前だ」

 さすが兄弟子、もとい現・師匠。

 気が付けば古書を解読しているか、本を読んでいるかの姿しか見なくなっていたから、ベルリアはてっきり森のことは自分の方がよくわかっているつもりでいた。

 だが、ロディアスは師匠となる人間二人と、毎日ずっと一緒にいたのだ。ベルリアより多くのことを教わっているのは、当然と言えば当然。

 実際、両親はロディアスがどういう道に進んでもいいように、自分達の技と知識はしっかりたたき込んでいる。

 魔法薬の調合はしなくても、あの家に住んでいる以上は森と何らかの関わりを持つだろう。

 そういった先を見据え、よく連れ出されていたのだ。

「そっか。そうだよね。毎日教えてもらえる環境に、子どもの頃からずっといたんだよね。いいなぁ」

「だから、今は俺が教えてるだろ。お前がうちへ通うようになった年齢としより前から、俺は魔法を教え込まれたんだ。十年以上も年季の差があるのに、同じレベルなはずがないだろ。もしそうだったら、三百年か五百年に一人の天才だ」

 残念ながら、ベルリアは天才ではないので、頭と魔法の腕はそこそこである。

 そんな話をしながら歩いていると、気が付けばあちこちにキノコが生えているエリアに来ていた。

 からっとしている訳ではないが、湿地という程でもない。今まで歩いていた所とそんなに環境が変わった訳でもないのに、なぜか色とりどりのキノコが生えていた。

 色とりどり……本当にカラフルだ。赤やピンク、オレンジにパステルカラー、見るからに毒だろうと思える紫。しましまに水玉模様など、かなりの種類があるようだ。

 きれいなような、不自然な色で怖いような。

「見た目はともかく、この周辺の土壌がこういった変わり種のキノコが生える条件を満たしているそうだ。何か必要なキノコ類があれば、たぶんここでだいたいのものは手に入るぞ」

 いつもベルリアが入るエリアより、少しばかり奥まっている場所。もしテスレースが再婚せずにあの家にいたら、いつかはここを教えてもらっていただろうか。

「ロディアス、今度からあたしが森へ入る時、一緒に来てよ」

「一緒に?」

「だって、こういう場所があるって教えてもらわなきゃ、あたしはずっと同じ場所で同じ植物しか採取できないじゃない。先生からあたしの指導を引き継いでるんでしょ。だったら、そういうのも教えてほしい」

「ベルリアは勉強熱心ねぇ。ロディアスもだけど」

 リンチェが笑う。

 一生懸命な人間は嫌いじゃない。だから、まだ魔法使いとは言えない彼女にも、リンチェは魔法使いと同じように接するのだ。

「ベルリア、明るい黄色のキノコを探せ。大きさは、カサがポポンタの花くらいだ。色も似たようなものだから、探しやすいだろ」

「うん、わかった」

 一緒に森へ来て、という希望は、キノコ探しでスルーされてしまった。

 それに気付いていないベルリアはたまごを抱えながら、まずはその場に立ったままで黄色がないかを探す。

 たくさんの色があるが、明るい色は比較的目に付きやすい。これで黒だの茶色だのと言われたら、木や木の影などでわかりにくくなるところだった。

「あ、これかな?」

 とある木の根元。ベルリアが見付けた先には、確かにロディアスが言った通りの色をしたキノコがあった。

 明るい黄色のカサ。親指と人差し指で輪を作ったくらいのサイズ。

 本でも、こんな感じの絵が描かれていたはずだ。

 近付いて確認してもベルリアは手を出さず、まずはロディアスを呼んだ。

 何でもなさそうに見えて、実は触れるだけで炎症を起こしかねない毒を持ったキノコも存在するのだ。まだ詳しくなく、初めて現物を見た自分が安易に触れるのはよくない。

 そういう注意深さは、テスレースからしっかりと教えられている。

 ロディアスが来て、ベルリアが見付けたのは確かにとくどく茸だとわかった。

 それを取ると、ロディアスは持っていた布袋へ放り込む。念のために数本。

 魔法が失敗することなく終わり、余ったとしてもベルリアの調合する薬の材料として保管しておける。無駄にはならない。

「よし、次だ」

 ロディアスは、キノコエリアからさらに奥へと進んで行く。

「次は何なの?」

「精霊樹の枝と葉だ。実際に精霊はいないけどな。要するに、この森で一番の巨木だ」

「ああ、それなら私もわかる……けど……」

 リンチェの語尾が小さくなり、ベルリアが首をかしげる。

「どうかしたの、リンチェ?」

 ベルリアに問われても、答えていいものかどうか迷っている様子だ。リンチェは、ロディアスの顔を窺うように見る。

「周囲は魔物が出やすい。油断するなよ」

「え……」

 それを聞いて、途端にベルリアの歩くスピードが落ちる。リンチェはこのことを知っているから、話すのをちゅうちょしていたのだ。

「軽いとは言えないたまごをお前に持たせたのは、何のためだと思ってるんだ」

 ロディアスは、歩調をゆるめることなく進む。

「何のためって」

「対処しやすいようにって言っただろう。何かよからぬ奴が現れたら、俺が相手をする。お前は自分の身とたまごを守れ」

 たまごを守るベルリアを、ロディアスが守る。

 つまりはそういうことだ。強い者が弱い者を守るのは当然だが、普段はそんなことを口にしないロディアスに言われ、ベルリアはちょっとどきどきする。

 師匠が未熟な弟子を守るのはよくあることだろうけど……ロディアスが守ろうとしているあたしは弟子? それとも、妻?

 たまごを抱くベルリアの手に、ちょっと力がこもった。ロディアスにすればどちらも同じだろうが、細かい部分が気になってしまう。

 だが、今は黙って先を行くロディアスの後ろを歩いた。

 そういうことは、後で聞こう。答えてくれるかは、わかんないけど。

「シェラージェスは大丈夫かしら」

 リンチェがぽつりとつぶやく。

「誰のこと?」

「竜よ。そのたまごの母親」

 リンチェにちゃんとした事情を話せないまま、シェラージェスは眠りに落ちてしまった。竜を眠らせるなんて、あの密猟者達は何をしたのだろう。

 かろうじてリンチェにたまごを託したが、もし今頃目覚めていたらとても心配しているだろう。

 自分の子はどうなったか、託した妖精は無事に逃れられたか、と。

「竜にも名前があるのね。ま、当たり前か。母親……眠らされたのがお母さんなら、お父さんの竜は?」

「父親はディルアード。彼はちょっと留守にしていたの。もうすぐ戻って来ると思うけれど、こんなことになっていると知ったら驚くわね。巣の周囲にいる仲間の妖精に今の状況を聞くことはできると思うけれど」

「まさか、あたし達が密猟者と勘違いされたりしない……わよね」

 二人の人間がシェラージェスを……という話を聞いて、もしロディアスとベルリアの所へそのディルアードが来たら。

 間違いなくたまごを持っているから、言い訳しても聞いてもらえないかも知れない。竜の力はとんでもないらしいから、魔法であっさり消されたり……なんてことはないだろうか。

「それは大丈夫だと思うけれど。竜だって自分の子がさらわれたら心配するし、焦ったり混乱したりするかも知れないわ」

「リンチェ、怖いこと言わないでよぉ」

 大丈夫と言いながら、起きてほしくない可能性をさらっと言ってくれる。

「襲ってこようとしたら、たまごを盾にするしかないな。俺達に手を出したら、たまごも同じ運命だ、とでも言えば、竜も少しは頭が冷えるだろう」

 ロディアスはリンチェより怖いことを言っている。

「そんなことして、ますます竜を怒らせたりしたらどうするのよぉ」

「自分の子どもが敵の手中にあるとわかれば、竜だっておいそれと手は出さないだろう。そうでもしないと、こっちの命がないからな。向こうが落ち着けば、ちゃんと事情を話せばいい」

 冷静に言っているが、いざとなった時にそんなふうに落ち着いてできるだろうか。

 ベルリアは落ち着いていられる自信が全くないので、そこはロディアスに任せておくことにした。

「ロディアスは、竜に会ったことはあるの?」

「いや。親父やお袋はあるらしいけどな。そのうち時期が来たら、俺も会えるだろうと思ってた。お袋は何も言わずに家を出たけど……あえて何も言わずにいたんじゃなく、単に忘れただけかもな」

 テスレースはしっかりしているようで時々抜けていたりしたから、それはありえそう、とベルリアは思った。

 ロディアスは両親から、ディルアードの存在だけを知らされていたようだ。こうしてたまごがあるということは、ここ最近で妻となる竜もこの森に棲むようになった、ということだろう。

「俺も今まで気にしてなかったけど、紹介くらいして行けっての。まぁ、向こうは森のすぐ外に魔法使いがいるとわかっているし、俺も竜がいるということを知ってる。きっかけがあれば、会う日が来るだろう」

「それじゃ、今回がそれかしら」

「どうだろうな。もう少し楽しいきっかけだったら、お互いよかったけど」

 ついでに言えば、落ち着いた状態で会いたいものだ。

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