第4話 かけられた魔法

 家に戻ると、出る時とほとんど同じ姿勢でロディアスは本を読んでいた。

「ロディアス、大変なの!」

 いつもなら、何度も呼び掛けてやっと本から顔を上げるロディアス。しかし、今はベルリアの口調が少し違うと感じ取ったのか、すぐに顔を上げてこちらを見た。

 いつもなら部屋の外から呼び掛けるが、ロディアスの自室へ入って来たから、ということもある。

「ベルリア、何を持って帰って来たんだ」

 薬草採取用のカゴを抱えているベルリア。だが、中には明らかに薬草ではないものが入っている。

「竜のたまご」

「は?」

 いくら魔法使いでも、いきなりそんなことを言われては、いぶかしげな顔で首をかしげてしまう。

「魔法をかけられてるの。解いてあげて」

 事情など見事にスッ飛ばし、ベルリアは自分の第一希望だけを伝えた。

 これで全てを知るなど魔法使いでも無理だが、ここで聞き返しても無駄だろう、というのはベルリアの様子からも判断できる。

 余計なことは聞かず、ロディアスは本にしおりを挟んで横に置くと、人差し指一本でこちらへ来るように伝えた。

「リンチェもいるのか」

「うん、リンチェがこのたまごを持って来たの」

 妖精が「自分の身体と同じサイズのたまごを持って来る」とはとても思えないが、それは後で聞くことにする。

 ロディアスは、ベルリアが机に置いたたまごを調べ始めた。

 ベルリアにはよくわからない呪文をロディアスが唱え、手をかざす。ベルリアとリンチェが、その様子をじっと見詰めた。

 やがて、ロディアスが小さく息を吐く。どうやら調査は終わったらしい。

「……どう?」

 ベルリアが恐る恐る尋ねてみる。

「結界が張られているな。たまご全体に、動きを封じる力が覆ってるんだ」

「解呪できるかしら」

 リンチェが不安そうに魔法使いを見る。

 どんな魔法がかけられているかわからなかったのだから、リンチェに解くことはできない。かけられた魔法を見破った魔法使いに頼むしかないのだ。

「難しいな。この魔法はそんなに強い力じゃないが、解くには専用の鍵が必要になる」

「え、魔法に鍵が必要なの?」

 基本魔法及びそれにちょっと毛が生えた程度の魔法しかできないベルリアは、ちょっと珍しい魔法となるとさっぱりわからない。

 魔法薬の調合に重きをおいているので、魔法の種類を言われると弱いのだ。

「ああ、魔法で作った鍵だ。簡単に解かれたくない魔法に使われる。普通の結界なら手順を踏んでいけば解呪できるが、この手の魔法はその鍵を使わなければ解けないんだ。だいたい、術者がその鍵を持っているか、隠している」

「術者……たぶんあの二人だわ。竜のそばに怪しい人間が二人いたの。仲間に足留めしてもらっている間に、私はたまごと一緒にその場から逃げたのよ。ベルリアに会うまでは、クマに頼んで」

 ここでようやくリンチェが事情を話し、ロディアスにもだいたいの状況が理解できた。

「たまごを狙った密猟者だな。こういうことができるってことは、その二人のどちらか、あるいは両方が魔法使いってことか。単に盗むだけじゃなく、こういう方法を使うのは余程がめつい奴だろうな」

 盗んで売ればすぐに終わるのに、こんな魔法をかけた。将来孵化するであろうたまごだから、竜が生まれてくるところを見たければ鍵代も渡せ、と報酬の上乗せを要求するつもりではないか。

 ロディアスはそう考えた。

 ゲノビスが考えていたこととは少し違うが、金を確実に自分の物にしようとしている、という点では当たっている。

「ねぇ、ロディアス。それじゃ、その密猟者から鍵を取り返さないと、この子は生まれることができないの?」

 開かない箱に詰め込まれている。さらに、鎖でかんじがらめにされている。

 今のたまごは、そんな状態なのだ。この魔法が解かれなければ、殻を割れない。生まれられない。

「その人間達、もう竜の周囲にはいないと思うわ。きっと私の仲間達が追い返しているでしょうし、そうでなくても私がたまごを持っていることは見られているもの。そのうち、ここまで追い掛けて来るかも知れないわ」

 竜の居場所を探り当てるくらいだから、魔法の腕もそれなりのはず。追って来ることは十分考えられた。

「かと言って、その密猟者と直接対峙たいじするのは、得策じゃないな」

「だけど、鍵が必要なんでしょ?」

「たまごはこちらにあるが、鍵は向こうにある。その鍵を捨てるか消すと言われたら、立場としてはこちらが弱くなるからな。俺達がそいつらに、たまごを割られたくなかったら鍵を渡せ、なんて言えないだろ? 子どもの命が大切ならと脅されたら、たまごを差し出すしかなくなる。少なくとも、中の子どもが死んだりしたらそいつらも金が手に入らなくなるから、さすがに殺すようには仕向けないだろうが」

 何にしろ、こちらが不利なのは変わらない。

 仮にこちらがたまごを渡し、密猟者が結界の鍵を開けたとして。売られたりする前に、そのたまごを取り返せるかどうか。そこは相手の魔法の腕による。

 魔法を使える人間が二人、もしくはもっと仲間がいたりしたら、さらに難しくなるだろう。

 妖精の手助けがあれば何とかなるかも知れないが、そういった密猟者は妖精さえも獲物にすると聞く。

 つまり、たとえ魔法力が下でも、妖精を捕まえる方法を持っているのだ。そうなると、こちらの被害がどんどん大きくなりかねない。

「だけど、そんなこと言ってたら、この子がどうなるかわかんないじゃない」

 たまごの中がどんな状態か、なんて想像もできないが、おかしな魔法をかけられて楽なはずがない。生まれる前から親と引き離され、生まれたばかりでどこの誰かもわからない人間にペット扱いされて。

 人間より生命力が強いと言われる竜でも、生まれたばかりの子どもではどこまで耐えられるか。

「ああ。最悪だと、生まれられないまま死ぬ」

 ロディアスの言葉に、ベルリアは息を飲む。

「大変だわ。だったら、早くその密猟者を見付けなきゃ」

「だから、そいつらと会って取り引きしても、不利だと言っただろう。魔法を使う人間の人数がわからないから、なおさらだ」

「そんなこと言ってられないでしょ。見付けたら不意打ちでも何でもして、鍵を奪うくらいのことをしなきゃ」

「……お前、いつからそんな過激になったんだ」

 ベルリアの言葉に、ロディアスが眉をひそめる。

「過激じゃないもん。この子を守るためなら、必要なことでしょ。遠慮なんて、していられないわ」

「気持ちはわかるが、お前に不意打ちなんて絶対無理だ」

 きっぱり言われた。しかも「絶対」と付けられ、強調されて。

 ひどい言われように、ベルリアは頬をふくらませる。

「じゃあ、どうしろって言うのよ。このまま、この子がたまごの中で死んでもいいの?」

「誰がそんなことを言った。鍵がないなら、作ればいい」

「え……?」

 予想もしてなかったロディアスの言葉に、ベルリアは、そしてリンチェもきょとんとなる。

「そういうのって……できるの?」

「全く同じ鍵、という訳じゃないけどな。いわゆる合い鍵マスターキーって奴だ」

 目を丸くして話を聞いていたベルリアだが、その目をきらきらさせる。

「ロディアス、合い鍵が作れるの?」

「やったことはないが、魔法書を読めば何とかなるだろう」

 言いながら、ロディアスは部屋を出る。ベルリアはたまごを抱え、リンチェと一緒に後を追った。

 ロディアスの自室にも本はたくさんあるのだが、この家には本ばかりの部屋がある。いわゆる書庫だが、小さな本屋さんくらいはできそうなくらいの数があるのだ。

 ロディアスはそこへ行き、迷うことなく一冊の本を取り出す。

「……どの本にどんなことが書かれてるか、わかるの?」

「まぁ、だいたい」

 小説ならタイトルを見れば見当がつくが、魔法書のもくじも見ずに見付け出す辺り、この人には勝てないなぁ、とベルリアは素直に思う。

「ここにある本はあたしも何冊か読んでいるはずだけど、どの本にどんな魔法が説明されていたか、なんてまるで覚えてないよぉ」

「俺も説明の中身を全て覚えている訳じゃない」

 いや、比べる次元が違うんだけどね……。

 これで本の中身を全て覚えていたら、もう本を置いておく必要なんてなくなる。

 ロディアスは必要なページを開き、ざっと目を通した。

「材料がいるな。呪文だけでは何とかならなかったか」

 今すぐに解呪、という訳にはいかなかった。だが、確実に鍵を外すすべが見付かったのだ。

 まずは第一段階突破、である。

「難しい材料なの?」

 リンチェの問いに、ロディアスは首を振る。

「いや、どうにかなるだろうってレベルだ。そう特殊な物が必要でもない。メルーカの森で、調達は可能だ」

 それを聞いて、ベルリアもほっとする。

 集めるのに何日もかかるようでは、密猟者に会うとか言う以前に竜の子がたまごの中で死んでしまう。すぐそばの森で集められるなら、まだ希望は消えていない。

「じゃ、何がいるか教えて。あたし、探して来るから」

「いや、お前だけじゃ駄目だ。俺も行く」

「ロディアスも? それはいいけど、どうしてあたしだけじゃダメなのよ。ロディアスよりずっとたくさん、森へ行ってるのに」

 薬を調合する都合上、ベルリアは森で薬草を調達する。そんなに奥まで入らないが、慣れという点で言えば、絶対にベルリアの方が上。

 なのに、駄目と言われた。

「魔物がいるだろうって場所へ行くからだ。お前だけじゃ、対処できないだろう」

「う……それはそうだけど」

 ベルリアが森の奥まで入らないのは、魔物が出たりするから。

 魔力のかけらもないクマを見て、逃げ出すようなベルリアである。これで魔力を持った魔物が出たら、もう逃げられない。

 ケガをするか、喰われるか。

「お前が持ってる魔除けのブレスくらいじゃ、どうにもならないだろうからな」

「魔除け?」

 ロディアスの言葉に、ベルリアは首をかしげた。

 魔除けを身に着けている覚えがないのに、絶対持っている、みたいな言い方をされたからだ。

「右手にブレスをしてるだろ」

「このブレス、魔除けじゃないよ。魔法力が少しだけど上がるって言われて」

 魔法を習い始めた頃、ロディアスの母テスレースに言われてずっと身に着けているブレスがある。

 魔法で作られたという黒い針金に、何かよくわからないが小指の爪サイズの赤く丸い石が付いている、ごく簡素なブレスだ。

「ああ、それ嘘」

 さらっと言われる。

「えええっ」

 突然の暴露に、ベルリアは思わず後ずさってしまった。

「ど、どういうことよ。先生に魔法が強くなるから、ずっと外さないでねって」

 目標は魔法薬剤師だが、魔法は必須。同じ習うなら、魔法が強くなる方がいい。

 だから、素直にずっと身に着けていたのに。

「魔除けって言うと、そのうち必要ないとか言い出して、外しかねないだろ。魔法を強くするって言われた方が、ちゃんと持ち続けるだろうから」

 まさに術中にはまっている。

「たとえわずかでも魔法ができるようになることで、悪意を持って寄って来る奴がたまにいるからな。でも、ベルリアに対処できるとは思えないし、いつもすぐ近くに親父やおふくろがいる訳じゃない。だから、そうしたんだ」

「はぁ……」

 七年以上もだまされていた訳だ。

 でも、それはベルリアを守るための嘘。嘘であることはショックだが、その背景を聞かされては怒れない。

 森へ行く時は必ずはおるように言われ、今も身に着けたままの黒いマント。

 これも、実は魔除けのため、と言われた。

 ブレスだけでは森の中は危険なため、二重の防御アイテムを持たされていたのだ。

 レベルの低い魔法使いが森へ行く時は、これをはおるのが礼儀だ。

 そんなことを言われ、すっかり信じ込んでいたベルリアである。

 自分が行くのは森を入ってすぐの所だから魔物が出ない、と今まで思っていたが、これらのおかげだったのだ。

 こうしてロディアスがばらしたが、テスレースがまだここにいたらいつ真相を話すつもりだったのだろう。

「ベルリアが持っている魔除けでも無理な魔物が出る場所だから、ロディアスも一緒に行くのね。じゃあ……留守の間、たまごはどうするの?」

 リンチェが心配そうに、ロディアスを見た。

 二人が森へ行っている間、たまごをこの家に置いておくのは危険ではないだろうか。留守中にあの密猟者がこの家を見付け、さらにたまごを見付けたら、あっさり盗まれてしまう。

 結界の鍵だってあちらが持っているのだから、解呪に何の苦労もいらない。

「それだが……ベルリア、たまごを持ってついて来られるか?」

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