第20話 「謳われる青」


「ははは! いやー何とかなったな!」


「あのねぇ……熊の魔獣の時も言ったけど、よく笑ってられるわよね」


「まーいいじゃん。あいつも倒せたし、俺らは生きてる。な、最高じゃん!」


 そう言って、笑いかけてくるアースを見て、リンはやれやれと息を吐く。


「終わりよければすべてよし……か」


「そうそう。んじゃまあ、村に戻るか」


「ええ、なんだかんだ心配かけてるだろうしね」


 そうして、村の方へ徒歩すすめる二人。


「それにしても、旅始めて早々にあんな強いやつと戦うとはなー。これからも気を引き締めなきゃな」


「それはその通りだけど、私はもうこんな目に遭うのごめ──」


 ザッ! と二人の背後で何かが立ち上がるような音がする。


「「⁉︎」」


 もはや反射的に振り返る二人、そこにいたのは。


「ぅ……ああぁ……ぅぉぉ……」


 酔っ払いのようにふらつきながら、半口を開け立っているケイス。


「マジかよ……あれくらって、まだ立つのか……」


「確かに驚きだけど、流石にあの状態なら今の私たちでも勝てるわよ。本当に意識あるのか怪しいわよあれ」


「そう……だな」


 ケイスが立ち上がるという事態に、冷や汗を流す二人だったがその状態を見てひとまず落ち着く。


「う、ああぁぁあ……」


 と、片目が白目になり焦点が合ってない顔をするケイスが懐から何かを取り出す。それは単体で脈動する、何かの臓物のようなもの。


(なんだ、何か……すごく嫌な予感が)


「すべ、ては……まお、うさ、ま…………の、ために‼︎」


 最後、ようやく言葉らしい言葉を発したケイスだったが、言い終わると同時に手に持っていた臓物のようなものに貪りつく。


「いっ……⁉︎」


「何してんの⁉︎」


 その異常な行動に驚く二人だったが、その驚きはすぐに別のもので塗り潰される。

 ボコッ、ボコボコ! と、まるで歪な形の風船の様にケイスの体が歪んでいく。


「……は?」


「っ……!」


 それは不気味を通り越してグロテスクな光景。完全に原型を無くし、泡の集合体のような物になったケイスはそこから、どんどん『巨大化』していく。


「おい、嘘だろ……!」


「そんな……」


 二人の眼前で巨大化していった泡の集合体は、少しずつ形を作り二十メートルを超す巨大な魔獣へと変貌した。


「グルオオオオオオオオオオォォォッッ‼︎‼︎」


「うるさっ……⁉︎」


「耳が!」


 鼓膜を突き破らんとする程の猛々しい咆哮。確かにそこに存在する化け物、それを前に二人はしばし言葉を失う。


「…………」


「…………こんなの、どうやって」


 リンがぼそりと呟いた瞬間、魔獣の目がギョロリと動き二人を捉える。


「‼︎ やばい離れるぞ!」


 振り上げられる剛腕。二人はその場を離れようとするが、稼げる距離は高が知れている。


「グルアアアアアアアアアァッ‼︎」


 そして、振り下ろされる手。二人がそれに潰されることこそなかったが、魔獣の手は地面を砕き地表を捲りあげ、辺りを破裂させる。


「ぐおああああああああぁぁっ⁉︎」


「うああああああっ⁉︎」


 その衝撃に巻き込まれ二人は、ガタガタの地面に体を強く打ちつけながら転がっていく。


「っ……ぐぅ……!」


 普通の状態ですら手痛いダメージ、ましてやすでに満身創痍の二人はそれだけでしばらく動けなくなる。


「くそっ……早くしないと、次の攻撃が」


 アースの言葉通り、魔獣はもう腕を振り上げている。そして休む間なく、振り下ろされる。


「っ……?」


 だが、魔獣の攻撃は全く見当外れところに行き、その後も何もない場所を攻撃する。


「どういうことだ?」


「多分、魔獣化の代償で理性を無くしてるのよ」


「魔獣化って、あれ何なんだよ⁉︎」


「私も詳しくは知らないけど、魔族は魔獣の心臓を食べることで魔獣になるって聞いたことが……」


 ズゴオオォン‼︎ と、二人が話してる最中にも魔獣は暴れ回り、どんどん周りの地形が変わっていく。


「くそ、どうすれば……ん? おい、リン! あれなんだ!」


「え?」


 アースが指差すのは魔獣の背中の真ん中あたり、そこには小さいが水晶のようなものが見える。


「もしかして。あれって、魔獣の『核』⁉︎」


「核……それってあれだよな。熊の時にも言ってた、あれさえ壊せばどんなに強いやつでも関係ないっていう」


「え、ええ。本来はあんな風に露出してるはずないんだけど……不安定な魔獣化のせいで表に出てきてるんだわ」


「よし! ならあれを壊すしかないな!」


「え、ちょっと⁉︎」


 アースは立ち上がり剣を抜く。そして、剣をリンの前に持っていく。


「リン、あの炎のやつやってくれ!」


「わ、わかった! 炎燃与勢カルラエフェクター!」


 炎に包まれるアースの剣。


「よし、これでここから……」


 足を強く踏み切り、剣をバットのように構えるアース。


「いくぞお! 『風刃斬』‼︎」


 魔獣の核にむかって飛んでいく炎の斬撃。当たれば間違いなく核を砕ける……そう、当たればの話だが。


「グオルアアアアアアアァァッッ‼︎‼︎」


 斬撃が当たるより前に魔獣が大きく叫ぶ、その瞬間、魔獣の周りを竜巻が囲い、斬撃はそれに弾かれる。竜巻といってもただの竜巻ではない、それはひどく鋭くまるで刃のようで、魔獣はそれに完全に隠されてしまう。


「何だよあれ⁉︎」


「魔族が使ってた魔法……当たり前だけど、引き継いでるんだ!」


 巨大魔獣はケイスがもとなっている。だからその魔法だって引き継いでいる。もっとも、それが同じ威力とはかぎらないが。


「おい、これやばいんじゃ……!」


 高速で回転する竜巻、それだでけあたりは暴風圏になり、まともに立っていることさえ難しくなる。そんな中で、竜巻が少しずつ歪み、四方八歩へ巨大な風の刃を放っていく。


「うおっ⁉︎ これもあいつの!」


「そりゃ、根本は同じだろうけど……」


 風の刃は地を抉り、岩を砕き、空間を歪ませる。同じ魔法でも威力は桁違いどころの話じゃなくなっていた。


「くそっ、あんなのくらったらひとたまりもないぞ!」


「無茶苦茶すぎる……こんなのどうやったって……倒せるわけない!」


 辺りがメチャクチャになっていく中、暴風に何とか耐える二人。


「何言ってんだリン!」


「だってそうでしょ! 見てよあの風の刃の破壊力! 本体だってまともじゃない! 凶暴性だけなら星級レルタ『3』《サード》だって冗談じゃないのよ! 倒そうにも、もう相手の姿どころか前だってまともに見えない! こんな状況でどうやって……」


「‼︎ 危ねぇ‼︎」


 言い合う二人、その眼前にはいつの間にか巨大な風の刃が迫っていた。先に気づいたアースは前に出て木の枝を抜く。剣で弾くなんてできるわけない、だからとにかく防御の考え。


「ぐううううううぎぎぎぎっっ‼︎‼︎」


 強大な破壊力を持つ風の刃、それを受けてもやはり木の枝は折れない。だがその衝撃まで殺せるわけじゃない。


「う、おああああああああああっっ⁉︎」


 結局その衝撃には耐えきれず、地面を何回もバウンドして岩壁に叩きつけられる。


「アースっ⁉︎」


 暴風の中よろめきながら、何とか進みアースの下までたどり着く。


「ちょっと、しっかりしてよ!」


 アースは頭から血を流し、ぐったりしている。


「やっぱり無茶よ! 一旦──」


「リン」


 そう名前を呼んで肩を掴むアース。


「よかった! 意識はあるのね、だった……ら……」


 アースの目を見たリンの言葉が止まる。どこまでも絶望的な状況。打てる手なんてみあたらない。それでも……それでもやはり、アースの目は死んでなかった。


            ♢♢♢♢♢


「お、おおお、あれはなんじゃあ!」


 岩場から少し離れた村、巨大魔獣の姿とその凶暴さはその村からでも確認できた。


「あんなのが村に来たらおしまいだ! 逃げるしかない!」


「何言ってんだい! ここから逃げ出したらこの呪いの紋章で死ぬだろう!」


「ここにいたって同じだ! 何より、あの岩場は魔族がいるところだろう! いくらあの魔族でもあれに襲われたらくたばってるはずだ!」


「そりゃそうかもしれないけど、呪いの紋章は消えてない! だったらまだ生きて……」


「だからそれじゃあ……」


 突然現れた巨大な魔獣、それにより村は大パニックなっていた。だが、皆がそうやって騒ぐ中一人だけ静かに見守る少女がいた。


「……」


 無言で胸の辺りをギュッと握る少女。


「大丈夫……だって約束したもん……『今度こそ』守って。お願い、どうか、どうか!」


           ♢♢♢♢♢


 魔獣を包み込む竜巻の結界、そこには一つだけ穴がある。それは上側。竜巻は筒状になっていて上側は完全に開いていた。そこに……一つの影が現れる。


「っ‼︎」


 ダァンッ‼︎  と二十メートル上空から結果の中に飛び込んできた影が着地する。ただでさえ狭い結界内。そこに人が現れれば、いくら理性を失った魔獣でも標的を固定する。


「よお、魔族魔獣。いい加減しつこいし、今度こそ本当に終わりにするぞ‼︎」


 結界の中に飛び込んだ影……アースは炎を纏った剣を構え声高らかに叫ぶ。


「グウルルルルルアアアアアアッッッ‼︎‼︎」


 まるでアースに呼応するように叫ぶ魔獣。そして、その結界の外では。


「アース……」


 リンが暴風にさらされながらも、結界を見守っていた。


           ♢♢♢♢♢


「アース! あんたまさか、まだ戦うつもりなの⁉︎」


 アースの目を見て、まだ諦めてないことを悟ったリンは肩を掴んで考え直すようにいう。


「わかってるの⁉︎ たったの一撃でこの様じゃない! そうじゃなくても、あんたはもう無理していい体じゃない!」


「わかってる。全部わかってるよリン……けど、ダメなんだ。あいつをこのまま野放しにしたら、あの村も滅ぶしきっとそれ以外もたくさんなくなる」


「っ……!」


「だから、俺はいくよ」


 そう言って立ち上がり、前に進み始めるアース。


「ちょ、ちょっと……仮に倒すとしてもどうするの⁉︎ あいつは竜巻の中にいるのよ!」


「上だ」


「え?」


「あの竜巻の上は開いてる。だから、あそこから中に入って核を砕く」


 アースの無茶な作戦を聞いて、再度リンが止めにかかる。


「そんなのダメ! いくら何でも危険すぎる! 本当に……本当に死ぬわよ!」


「ありがとうな、リン。まあ、多分大丈夫だよ! 今ままでもなんだかんだでどうにかなっただろ?」


「……!」


 この状況でも笑顔のアース。それを見て、リンは今度こそ何も言えなくなる。


「それに、あの中に入った後の策も考えてるんだ。うまくいくか分かんないけど、できる可能性は高いと思う。だから……」


「アース」


「悪いけど、止めたって……」


「わかってる。ほんと、分かってったのになー。全く、行くならしゃんとしなさい! 多分とか、うまく行くか分かんないとか、何弱気になってんのよあんたらしくない!」


「お。おお、そうだな」


 突然切り替わったリンに若干気押されるアース。


「アース。前向いて屈みなさい」


「へ?」


「とっておきの支援魔法かけてあげるから」


「え、そんなのあるのか!」


「ええ。だからほら、前向いて屈む」


 リン急かされて言葉通りにするアース。


「それにしても、こんな体勢じゃなきゃダメなんて変わった──」



 アースの後ろから、リンがその体に優しく抱きつく。



「……リン?」


 そして、


「大丈夫。あなたならきっとできる、自信を持って」


 リンは抱きついたまま、耳元でふっと囁く。


「…………」


 それに呆気に取られ、固まっていたアースだが。


「うおあっ⁉︎」


バシィン! と、背中を叩かれ声を上げる。


「どうよ、私のお母さん直伝の支援魔法。言うなれば……『勇気の魔法』ってとこかな」


 そう言って満面の笑みを向けるリン。そこでアースもやうやく調子を取り戻す。


「サンキュー、リン。最高だよ! 今なら……魔王でも倒せそうだ‼︎」


「よし! じゃあ、あの竜巻の上まで飛ばすわよ! 着地しかっりね!」


「ああ! あの魔獣の核、ぶち抜いてくる‼︎」


           ♢♢♢♢♢


「グウルルルルルアアアアアアッッッ‼︎‼︎」


「うるっせぁな……!」


 竜巻結界の外はとんでもない暴風だったが、中はそこまでひどいものじゃない。それがいいのか悪いのかは判断はつかないが……。


「ぐっ、悪いけど俺も結構限界なんでな。一撃で決めさせてもらうぞ‼︎」


 そうしてアースは構えを取ろうとするが、それえより早く魔獣の腕が上がる。


「いっ⁉︎ 嘘だろ! こんな狭いところで!」


 ここは結果内、ろくに逃げ場もないままその腕はふりおろされる。


「ぐおおあああああああぁぁっっ⁉︎」


 直撃こそ免れたが、やはり衝撃で吹き飛ぶことは避けられず。アースの体は吹き飛ばされていく。


「ぐぅ……って、やば⁉︎」


 結界内で吹き飛ばされれば、大抵の場合は外側に向かって飛んでいく。今回もその例には漏れていない。だが、今回周りを囲ってるのは鋭い刃でできた竜巻。そんところに飛ばされたら……。


「ぐあががががあががあああああぁぁっっ‼︎⁉︎」


 竜巻の結界まで吹き飛ばされ、アースの背中がガリガリと削れていく。その痛みに白目を向き口から血を吐き出す。


「あぁ…………」


 そして、そのまま糸の切れた人形のようにぐったりと倒れ込んだ……が


「ぐうあああああっ‼︎」


 その直後、体を震わせながら立ち上がるアース。


「負け、られるかああああああああああ‼︎」


「グルオオオッ⁉︎」


 その光景には魔獣も驚き、そこに隙が生まれる。


「‼︎」


 最初で最後、そのチャンスを逃すまいと今度こそアースは構えをとる。足は強く踏み切り、……それは『風刃斬』の構え。だが、いくら剣が炎で強化されていようとこんなものでは、与えられない。


「分かってる。だから……」


 そう、だから……。


「もし聞こえてるなら、頼む! 力を貸してくれ‼︎」


 そう言ってアースは腕を掲げる。そこには……セリカから預かったお守りがある。


 村の伝説はこうだ、無念のうちに亡くなった魂は生前に愛着を持っていた物に紐付けられる。愛着とは心。心とは想い。


 セリカのお守りは、両親がセリカに送るため大切にそして『想い』を込めて作ったもの。で、あるならば──


「頼む! 聞こえてたら、力を貸してくれぇ‼︎ っ⁉︎」


 瞬間、アースの背中をゾワっとしたものが駆け上がる。だが、それは嫌悪感のあるもの絵はなく、それとは真逆の温かい何か。そして、それと同時に体の奥底から力が湧いてきて、炎の刀身も二倍、三倍、四倍、五倍と大きなっていく。


「っ……ありがとう! これならいける‼︎」


 再度、足を強く踏み切り、剣を握る手に力を込める。


「いくぞおおおおお‼︎  『風・『神』・斬』‼︎‼︎」


 放たれるは極大の炎の斬撃。それは魔獣のだす風の刃をはるかに凌ぐ威力。そのまま炎の斬撃は魔獣に直撃。


「グオルアアアアアアアァァッッ‼︎‼︎」


 魔獣が叫ぶ。その直後、魔獣の周りに空間がぐにゃりと歪んでいく、そして炎の斬撃もその歪みに曲げられて……魔獣に当たることはなく、その後ろ結界に風穴を開けるだけだった。


「くっそ……」


 ふらりと倒れていくアース。剣の刀身にはもう炎さえ残っていない。


「まあ、しょがねぇか……風穴は開けたぞ」


 倒れながらも目線を『風穴』に向ける。


「だから、あとは頼む……リン‼︎」


 『風穴のその先』、そこでリンは幾重もの青い魔法陣を展開していた。

「そっか、アース……あんたはやり遂げたんだ」


           ♢♢♢♢♢


「ああ! あの魔獣の核、ぶち抜いてくる‼︎ ……んー」


「いい、三、二、一でいくからね! じゃあ──」


「あ、ちょっと待って」


「は、はあ⁉︎」


 やる気満々だったリンは、急に停止をかけられ何もないのに若干ツンのめる。


「何よ! 今すごいいいところでしょ!」


「ああ、うん。そうなんだけど、もう一個いい案思いついたんだよ!」


「はあ⁉︎」


「具体的に言うなら、俺が失敗した時の保険というか」


「あ、あんたねぇ! さっき私がちょっと恥ずかしい思いしてかけた支援魔法忘れたの⁉︎ あれはアースが勇気を持てるように……」


「それはもちろん分かってるよ。あれは本当に助かったし、失敗する気なんてない! ただ、もう一つ後ろにリンがいてくれたら、もっと安心できるだろ!」


「私が?」


「リンのあの魔法を使うんだよ」


「あの魔法って何よ?」


「あれだよ、リンの性格みたいにひん曲がるっていう魔法」


 それを聞いた瞬間、リンはこめかみを引くつかせる。


「あんたねぇいい加減にしなさいよ‼︎ この状況、あんなことがあった後によくふざけられるわねぇ‼︎」


「何言ってんだ、大真面目だ!」


「はあ⁉︎」


「だってその魔法、当たれば熊の魔獣だって一撃だったんだろ? ならあいつの核ぐらい打ち砕けるはずだ!」


「そりゃそうだけど、それは当たればでしょ! どっかに曲がるんだから当たらないわよ」


「だから真っ直ぐ撃つんだよ!」


「だからそれができたら……」


「まっすぐな心で撃つんだよ‼︎」


「……は、はあ?」


「魔法は本人の写し鏡、リンが言ってただろ。だったら、俺の言ってることってあながち間違ってないんじゃないか? まっすぐな心で撃てば、その魔法も真っ直ぐ進むかもしれない!」


 リンはそんなことはない! と言えなかった。アースが言ったことは無茶苦茶だがどこか説得力がある。普通魔法を撃つときなんて、敵を倒すことしか考えてないし、その魔法に至っては曲がるものだと諦めてしまっていた節がある。


「リンにも何かあるだろ? 絶対に譲れない、真っ直ぐな思いとか! それを思って撃つんだ!」


「か、仮にそれができとして、あの竜巻の結界はどうするの? あれがあったら撃ち抜けるかどうか……」


「ああ、それなら安心しろ。俺が風穴を開ける。たとえ、魔獣を倒せなくとも絶対に風穴を開けて見せる……だからもしそうなったときは託すぞリン」


「もう、簡単に言ってくれるわね! 本当に真っ直ぐ撃てるかどうか分からないってのに!」


「不安なのか?」


「当たり前でしょ!」


「ふむ、それなら」


「え?」


 アースはリンに近寄り、片手でその体を抱きよせる。


「は……は⁉︎ ちょ、ちょっとアース⁉︎ いきなり何して──」


「大丈夫。お前ならできる、自信をもて!」


「‼︎」


 それだけ言い終わると、アースは離れリンの肩を叩く。


「な?」


「……はあ、ほんとしょうがないわね。分かったわ、やってやる‼︎」


           ♢♢♢♢♢


 アースは宣言通りちゃんと風穴を開けた。そして、あとはリンに託された。


「うぐぐぐぐっ!」


 満身創痍の体に暴風が叩きつけられるが、足を地面に縫い付けるように固定する。そうして、さらに魔法陣を展開していくが。


「づうっ⁉︎」


 急にリンの目から血が流れ、頭に激痛が走る。それは魔力の使いすぎた時に起こる典型的な症例。そもそも今リンが撃とうとしているのは、通常時でも少しのあいだ動けなくなるほどの魔力を消耗する。


 それをあれだけの激戦の後に使おうとしているんだから、魔力が足りないのは当たり前。そもそも撃てなくて当たり前。しょうがない事だった。


(そうだ、これを撃つなんて……撃つなんて……『撃てないなんて』……論外でしょ、そんなの‼︎)


 途切れかけた集中力を無理やりに繋げる。


(これはアースがやりきって、私に託してくれたもの……でも、それだけじゃないんだ。ここに至るまではもっとたくさんの思いが、もっとたくさんの意思があった。それが託されて、継がれて、託されて、継がれて……そうして今私が託されてる! なのに、それをやりきれないなんて、そんなの嘘だ‼︎)


 心の中で叫びながらも、冷静に魔法陣を安定させていく。


(まっすぐな心で撃つ……か。私のまっすぐな心、絶対に譲れない想い。たとえ言葉で偽ろうとも……心までは偽れないもの‼︎)


 魔法陣が発光し、辺りに青い電流が迸る。そして、そして……。



「私のまっすぐな想い……アース、私は──」



 心に瞳に魔法陣に、青い花が咲く。否、それは花のような魔法陣。それは急速に回転して魔力が高まっていく。


「別に確証なんてない……でも、わかる! いける‼︎」


 一瞬、世界の音が消える。そして紡がれる。



「彩れ、謳われる青ブループライズ‼︎‼︎」



 ズオオオオオオッッ‼︎‼︎ と、空気を焦がし迸るは青き光線。それは魔獣の腕にも負けない程の太さで、『真っ直ぐ、真っ直ぐ』と突き進む。


「うおおおおおおおおおっっ‼︎」


 リンの猛りによって、それはさらに出力を増す。風穴を超えて、空間の歪みを超えて……そして、魔獣の核を貫いてもなお止まらず、その先の結界にも風穴を開けて、夜空を青に彩っていく。


「グッッッルオオアアアアアアアォォォァァァッッゥガガガッ⁉︎‼︎⁉︎」


 魔獣の核は完全に砕かれる。そしてその姿は塵のように消えゆき、また青き光線も少しずつ細くなり消えゆく。


 暴風も竜巻も消え、残るのは静寂と二つの命。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「は、ははは、すげぇ……」


 リンはアースを見つけると薄く笑い、その場に倒れてしまう。


「リン‼︎」


 アースは痛む体を押し除け、リンの元に駆け寄る。


「おい、リン! 大丈夫か‼︎」


「あー、だからそんな叫ばなくっても聞こえてるって……」


「よかった……急に倒れるからびっくりしたよ」


「むしろ、動けないぐらいで済んで驚いてるわ、魔法撃った時は『あ、絶対これ気失うやつだ』って思ったもん」


「ははは、そりゃ……あ、あれ?」


 笑っていたアースも急にバランスを崩し倒れ込み。


「おかしいな……体が動かん……」


「当たり前でしょ……どんだけ無茶したと持ってるの? アースに至っては死んでないのが不思議なくらいよ」


「ははは、かもな」


 なんて笑って、二人そろって夜空の星を見上げる。


「あの魔法……すごかったな」


「ん、あー、うん」


「最後普通に竜巻の結界をぶち破ってたし、あれなら俺が風穴開ける必要なかったな」


「それは違うわ」


「え?」


「あの魔法ね……今まで撃った時はあんなに超火力じゃなかったのよ。私が一番びっくりしたわ」


「そうなのか……じゃあなんで」


「アースのおかげよ。魔法その本人の写し鏡……アースがやりきってくれたから、ちゃんと託されたと思えた。アースが信じてくれたからあれだけ強くなった……アースがいたから真っ直ぐ撃てた。だから……アースが無駄なんてことはなかったのよ」


「そうか……」


 リンの答えに納得し、アースは目を閉じようとしたが。


「あ、そう言えばさ、魔法が真っ直ぐ飛んだってことは、なんかを真っ直ぐ想いながら撃ったってことだよな?」


「え⁉︎ え、あー、まあ、そうだったり、そうでもないこともなかったり……」


「なあ、何想いながら撃ったんだ?」


「……ぜーったい、教えない‼︎」


「えー、なんだよ! 教えてくれたっていいじゃんケチー!」


「いいや教えない! 特にアースにだけは教えない!」


「なんだよ、それ。だったら……」


「いやったら……」


「……」


「……」


 まるで戦いなんてなかったかのように、地べたに寝転がってくだらない言い合いをする二人。それは二人の日常。言い合って、花のようの咲く笑顔。


それを……夜空の星たちが優しく見守っていた。

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